第9話

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「そういえば、帰り道で見かけるアパートがありましてね。確か、数年前にリフォームしたばかりの場所ですね」

「ああ、そこで間違いないと思う」

「いいなぁ、ああいうアパートの個室ってザ・一人暮らしという感じがして憧れているんですよね」

「それなら、飛野もそこにすれば良かったんじゃないか?」


 治が相槌を打つと、咲は首を横に振った。

 

「うちは、親が心配性なんですよ。鍵を落とす、とか、鍵をかけ忘れる……とか言うんですよ? だから、オートロックで最悪管理人にすぐ連絡が取れるこのマンションになったんですよ。酷いと思いませんか? もっと子どもを信頼してほしいです」

「……」

「なんですかぁ、その目は!」

「い、いや……」


 親も咲のおっちょこちょいな性格を理解しているのだろう。

 むすっとふくれてしまった咲に、治は慌てて言った。


「けど、それだけ思ってもらっているってことでもあるだろ?」

「そうですね。そこは感謝してはいますけどね」


 咲はにこりと心からといえるような笑みを浮かべた。

 それからさらにしばらく話をしていく。お菓子を食べながら談笑をしていたため、気づけば夕方になっていた。


「……あれ? もうこんな時間か?」

「……そうですね。気づいたら凄い時間が経ってましたね? すみません、話しすぎました……」

「いや、俺も楽しかったからいいんだが――」


 窓から差し込む綺麗な夕陽に思わず見とれる。

 治が外を眺めていると、咲が口を開いた。


「すげぇ、良い見晴らしだな」

「そうですね。雪とか降ったときもとても綺麗なんですよ」

「……そうなんだな」


 それも一度は見てみたいと思ったが、これからも続く関係だとは思っていなかった。

 治は立ち上がったついでにカバンを持ちあげる。

 

「そろそろ帰っちゃいますか?」


 咲のどこか寂しそうな表情に、治は誤解しないように小さく息を吐いた。


「……ああ、昨日から色々お世話になった。さすがに、そろそろ帰るよ。色々と助かった、ありがとな」

「私も助かりましたからおあいこですよ。……マンションの外まで送りますね」

「あー、分かった」


 初め断ろうとしたが、この豪華なマンションを一人で歩くことに不安を覚えた治は、咲の申し出を受け入れた。

 治は共に外へと向かう途中、溜まっていたゴミ袋をちらと見た。


「……ゴミ出しとか、手伝おうか?」

「大丈夫です! と、というか今日はたまたまなんです! 普段はもっと綺麗ですからね!」

「……い、いや何もそこまでは言っていないが」

「め、目が言っているんです……」


 じーっと咲に見られたが、治は何も言わずに苦笑だけを返した。しかし、それこそが分かりやすい返事だったために、咲はぶすっと拗ねてしまった。


 それから、咲とともに部屋を出て、エレベーターに乗る。

 自動扉をくぐり、外へと出た時、咲に呼び止められた。


「すみません、島崎さん。良かったらでいいんですけど……そ、その連絡先交換しませんか?」


 スマホを取り出し、少し恥ずかしそうな様子で咲が言う。


「……え?」

「い、いやならいいんですけど……その、またこうしてゆっくりお話しでもできれば、と思いまして……。しょ、小説の感想とかもできればお伝えしたいですし……っ!」

「あー、ああ。なるほどな。別に嫌じゃないから……交換するか」

 

 治はバクバクと高鳴る心臓を押さえつけながら、スマホを取り出した。

 何せ、女性と連絡先の交換なんて家族以外では経験がなかったからだ。姉がいて、その友達と遊ぶことがあったため、女性には慣れているほうだったが、あくまでそれだけだった。


 それでも、読者からの生の声というのも聞いてみたいという気持ちもあって、治はそのままアドレスを交換した。

 交換を終えると、咲はほっとしたように息を吐いた。


「それでは……その、またあとでメッセージ送りますね」

「わかった。それじゃあな」

「はい……本当に助けてくれてありがとうございました」

「いや、こっちもだ」


 治はマンションに背中を向け、自宅へと向かって歩きだす。


(可愛くて、おまけに聞き上手で、話し上手か……完璧すぎんだろ。連絡先は交換したけど、もうたぶん関わるようなことってないよな……)


 部屋の状況、食生活についてはこの際忘れることにして、治は小さく息を吐いた。


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