第3話

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 目が覚めたのは、体の節々に感じた痛みからだった。

 治は体を軽く動かし、すぐにぴきっという音に反応して眉根を寄せる。

 そして見上げたそこが、見知らぬ天井だった。


 それだけではない、何か良い香りがした。

 見れば治は見たこともないタオルケットがかけられている。

 さらにいえば、フカフカのベッドで横になっていて、治は飛び跳ねるように体を起こすことになった。

 そして、記憶を探っていく。


(そうだ、俺は昨日お金を代わりに払ってそれで――!)


 疲労に任せ、そのまま眠りについてしまったことに気づき、治は全身からじんわりと汗があふれた。

 悪いことをしたわけではなかったが、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


 スマホを見ると、時刻は9時だ。カーテンの隙間から覗く朝の陽ざし。ぐっすり十時間近く眠っていたことに気づいた。

 不幸中の幸いは今日が土曜日で、学校が休みなことだった。


「……とりあえず、家主はどこに――」


 起こしてくれても良かったのに、という心境とともに治は家主である咲を探して歩き始めた。

 あまり勝手に動き回るのも失礼だと思っていた治はリビングだけを確認してから、声をあげた。


「飛野! 飛野……っ! どこにいるんだ!?」


 叫ぶように声をあげた。

 しかし、咲からの返事はない。

 治は頭をかきながら、仕方なくリビングから別の部屋に繋がる扉をあけ、声をあげていく。


(部屋……多いな……これで一人暮らしか)


 いくつかの部屋をあけたが、どこも服がちらかっていたり、埃がたまったりしていた。


 咲はあまり掃除ができない、それどころか家事もしないのだろうとキッチンを見てわかった。

 部屋はあまりにも汚いのに、キッチンは綺麗だったからだ。そして、ゴミ袋にまとめられていたインスタント類の数々から見ても明らかだ。


 そんなどうでもいい分析をしていると、目をこすりながらリビングに一人の美少女が入ってきた。


「んわ? おはよーございまーす……」


 意識がはっきりしないのが分かるほどの間抜け顔であった。

 治は頬を引きつらせながら、咲を見ていた。


 可愛らしい熊の刺繍が入ったパジャマに身を包んでいた。服は着崩れていて、下着がちらちらと姿を見せていた。

 無防備な人だ――それでも治は頬を引きつらせるだけで、耐えた。軽く咳ばらいをしてから、訊ねた。


「……おはよう。悪いな、昨日は寝ちまったみたいで」

「……昨日? 寝ちまった? ……はっ!」


 そこで咲は目を見開く。遅れて顔を真っ赤にし、それから衣服をただした。

 しかし、未だ彼女の美しく長い髪は好き勝手に乱れていた。それを指摘するのは野暮だろうと、治は気づかないふりをした。


「島崎さん……っ! おはようございますっ」

「……おはよう。さっきの話だが、悪いな寝ちまったみたいで……」

「いえ、気にしないでください。もとはといえば私が悪かったんですから」

「……わかった。それで、財布は見つかったのか?」

「……はい、見つかりました」


 ひくっ、と咲の頬が引きつった。

 その反応に治が首を傾げた。


「どうしたんだ?」

「……な、なんでもないですよ?」

「なんでもない、という反応ではないと思うんだが……」


 答えると咲はそれからすたっと丁寧な土下座をした。


「す、すみませんでした……さ、財布なんですけど……普通にカバンに入っていました……っ」

「カバンに?」

「は、はい。普段入れている場所にないと思ったら、そのたまたま運悪く、カバンに手を突っ込んだ時にいい感じに手に当たらなかったみたいで……普通に入っていました……」

「……そ、そうか。ま、まあそう気にするな、たまにあるから」


 治は土下座していた咲にそう声をかける。咲は今にも泣き出しそうな顔で顔をあげ、それからテーブルに置かれていた財布を持ってこちらへとやってきた。


「すみません、三千円……ありがとうございました」

「……いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 お金を受け取った治は、それから財布にそれをしまった。


「悪かったな、結果的に泊まってしまって……」

「いえ、気にしないでください。それにしてもお疲れのようでしたね?」

「……まあ、その色々あってな」

「色々ですか? やっぱり社会人だと大変なんですかね?」

「……ちょっと待て」

「……え?」

「俺は高校生だ。高校二年だよ」


 制服の上着を羽織っていなく、ワイシャツ姿だったから勘違いされてしまったのかもしれない。

 答えると、咲は目を見開き――


「お、同い年ですか!?」

「……え?」

「……ちょっと待ってください。えっ、てなんですか?」


 今度は咲が同じように返してきた。

 治は苦笑を返す。治がそう返してしまったのは、昨日出会ってからの彼女の抜けている姿ばかり見ていたからだ。女子高生、とはいっていたのでそれなりに理解はしていたが、治は勝手に年下だと思っていた。


「いや、その……若く見えてな」

「……本当にそうですか?」


 じとり、と咲に睨まれる。治は頬をかきながら視線をそらした。


「……まあ、な。それより、俺はそろそろ帰るよ、それじゃあな」

「ちょっと待ってください。特に用事がなければ、朝食でも食べていきませんか? どうせ土曜日ですし、同じ高校生ということであれば少し聞きたいことがありまして――」

「……聞きたいこと?」


 彼女の言葉に首を傾げて訊ねると、咲はこくりと頷いた。


「はい。少しお話したいと思いまして……」


 ニコニコと微笑み咲。治も良い機会だ、と思ったのでこくりと頷いた。


「でも、朝食、か……何を食べるんだ?」


 先ほどの考えが脳裏をよぎり、治が訊ねた。

 すると、咲はキッチンへと向かい、


「……ど、どれがいいですか?」


 笑顔とともにカップ麺を両手に持った。

 

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