第53話 支援術士、気を遣う
「……」
まもなく気持ちが整い、治療の準備が整った。
今回の治療対象は上位の呪いということもあり、また久々の屋外で大勢の人目もあるってことで正直相当緊張したが、自分だけの力でなく、周りからも力を借りようと思うことで力みが次第に消え、徐々に自然体の自分へと近づいていくことができた。
さあ、治療開始だ。対象がどんな呪いだろうと、治すためには呪った側と呪われた側の両方の気持ちに寄り添う必要、すなわち相殺術を使う方法が最適なわけだが、今回それは使えないことがわかった。
ルードの場合、話を聞くところによると親友に罪を擦りつけられたことによる冤罪であることが判明したからだ。【呪術士】はあくまでも仕事でやってるわけで、テリーゼを呪うように依頼したカシェのような恨みを持つ人物を探す必要があるのだが、どこにも見当たらないため呪った側に寄り添えないのだ。
なので相殺術をやろうとするとどうしても一方的になってしまい、効果が極端に薄れてしまう。ここは呪いを抑えるために別の方法を取るしかないだろう。回復術のクオリティは落ちるし時間もかかるが、呪いに対して入念に気を遣うことでカバーしていこうと思う。
呪いを治療するにあたって、俺はまず彼が以前人間としてどんな顔をしていたのか、それをなるべく具体的に伝えてもらうことにした。
「う、上手く伝えることができたか、わかんねえんだけども……ブツブツ……」
「大丈夫、ちゃんと伝わってきたよ」
「ほ、本当か。おで、嬉しい……ブツブツ……」
ルードの口調はたどたどしく声も小さかったが、その分無理をしてない感じだったのでまあまあ伝わったと思う。彼の伝えてきたイメージを参考にして、俺はその頃の容姿に戻りたいという気持ちを手繰り寄せ、回復術を行使していく。ここで大事なのは、絶対に戻りたい、ではダメだということ。
それは、そう思えば思うほど呪いに反発してしまうからである。オーガになる強力な呪いをかけられている以上、この気持ちに100%反発するのは極めて危険だ。
なので絶対ではなく、なるべく戻りたいという気持ちで、鎮座した呪いを逆撫でしないように慎重にやる。
「……」
いつの間にか、額から信じられないくらい汗がダラダラとこぼれてくる。足元に水溜まりができそうなほどだ。呪いは炎に似ていると昔からよく言われる。精神の火傷ってやつだ。
相殺術なら両方の気持ちに寄り添うことで火の勢いをなくし、精神の摩耗を抑えられるんだが、このままではかなりきつい。反発してるつもりはないのに呪いが強固すぎるためか、頭を下げながらおずおずと入ってきた俺に対してすら不信感を抱いてる格好なんだ。
だから視野も極端に狭くなるがこれはもう仕方のない話で、これを邪魔だと思うと逆に壁は成長してしまうのでなんとか呪いに気を遣いつつやっていくしかない。
絶対ではなく、なるべくでいいのであの日に戻りたい……。ルードの在りし日の姿をぼんやりとイメージしながら回復術を全身に流し込んでいく。
夢を見るだけでいい。あの頃の夢を見るだけでも許してやってほしい。俺がそう祈りつつ、オーガの姿も時折思い浮かべるのは、呪いに最大限気を遣っているからだ。
というのも、初めから100%治すつもりはない。
それは絶対に無理だし、無理なものにエネルギーを費やすことは時間の浪費にも繋がるからだ。なので、残りの50%を本気で治しに行く。
見てろ……俺を罠にかけたつもりなんだろうが、これくらいで恨み事を言うつもりなんかないぞ。この苦境を楽しみつつ、俺はその上をいってやる……。
◇◇◇
「「「「「……」」」」」
いよいよ治療が始まったこともあり、【なんでも屋】の店の前にいるグレイスとオーガの様子を真剣な顔で見守るアルシュたち。
(グレイス、頑張って。あなたなら絶対にできるから――)
「――あっ……!」
石につまずき、転倒して尻もちをつくアルシュ。周りから心配そうな視線を集める中、舌を出しつつすぐ立ち上がるも、彼女の表情は冴えなかった。
(ただ単に私がドジなだけならいいけど、こんなときに転倒なんて、何か不吉じゃない……? で、でも、大丈夫。不安な気持ちをグレイスに送ったらダメ。こんな大変なときだからこそ前を向かなくちゃ……)
そう思い直すとアルシュは強い表情で顎を上げ、グレイスに向かって前向きな気持ちを送るのだった。
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