第38話 支援術士、話題を変える


 周囲がさらに薄暗くなってきた頃、俺たちは無事カシェの屋敷へ到着することができた。


 ……うーむ、圧巻だな。テリーゼの家も凄いが、ここも《高級貴族》らしい豪華な庭園つきの屋敷で、それまでが狭い墓地だったこともあってやたらと広々として見えた。


「ありがとう、ロレンス、カシェ、あなたたちのおかげで本当に助かった……」

「おかげで助かりました、ロレンス様、カシェ様」

「大助かりです、ロレンスさん、カシェさんっ」


 庭園前、まだ眠った状態のテリーゼを除いてみんなで改めて礼を言うと、ロレンスが穏やかな表情で首を左右に振り、カシェが恥ずかしそうにその背後に隠れて顔だけを出した。


「いやいや、恩人たちに対して当たり前のことをしたまで。こちらのほうこそお礼を言いたいくらいだ。グレイス君はカシェを救ってくれたし、それに私も大いに改心させられた」


 ロレンスは以前のような偉そうな態度じゃなくなってるし、別人であるかのように角が取れて丸くなってて、見てて清々しいくらいだった。カシェもそんな父親が誇らしいのか、とてもいい笑顔で寄り添っている。俺も、将来どれだけ成り上がったとしてもこうありたいと思えた。


 そうだ、カシェの目の調子はどうだろうか。結構癖のある盲目だったから、悪い方向に戻ってないかちょっと心配してたんだ。特に呪いが関係してるから、心身の疲労とかが原因で目の状態が悪い方向に行ってしまうなんていうことも珍しくないわけだからな。


「カシェ、あれから目の具合はどうかな?」

「あ、えっと、その……」

「ん?」

「ご、ごめんなさいです、グレイス様……!」

「え?」


 カシェが急に屋敷のほうへと走り去ってしまった。なんだ? まさか調子が悪くなったとか……。


「も、申し訳ない、グレイス君……」

「え、え?」


 ロレンスに謝られてますますわけがわからなくなる。


「カシェの目の調子はもう本人に言わせると絶好調らしいのだが、どうやらグレイス君に惚れているようでね……」

「ええっ……」

「よくグレイス君の名前を呟いてぼんやりしていることが多いのだ。私としても、そちらさえよければ……っと、父親の干渉が過ぎるかもしれないが……」

「……うっ?」


 衝撃的な事実を告げられてからまもなく、脇腹を膨れっ面のアルシュに軽く突かれてしまった。


「よかったねえ、グレイス?」

「あ、はは……」


 好意を向けられるのはいいことだが、それが過ぎると重たくなる上、こういう事件の最中なだけに浮かれてられないのもあって、なんとも複雑な心境だった。


「――あ、そういや、もうすっかり真っ暗になってるな……」


 俺は気まずさもあって話題を変えることにした。少々わざとらしかったかもしれないが。


「おっと、そうだったね。早速中で一杯酌み交わそうではないか!」

「おお、是非」


 ロレンスが便乗してくれて、色んな意味でありがたさを痛感する。


「わっ、ご飯っ……!」

「さぞかしご馳走なんだろうなあ……」

「よ、涎出ちゃう」

「あはは……」


 そういうわけで俺たちは屋敷のほうへと歩き始めたのだが、しばらくして何か様子が変だと思ったら、ジレードだけついてきてなかった。


「ジレード?」

「ジレードさん?」

「……ん……あ……!」


 はっとした顔で、テリーゼの乗った車椅子を押しながら近付いてくるジレード。さては、意識を失ってるテリーゼのことでも考えてたんだろうか。


「テリーゼのことなら大丈夫だ。もうしばらく安静にしてれば――」

「――いえ、そうではないのだ、グレイスどの……」

「え……?」

「実は、言わなければならないことが……」


 ジレードが涙目でひざまずいた。な、なんだ……?


「例の眼帯少女について血眼で調べたものの、誰なのか結局わからずじまいで……」

「……」


 なるほど。それを気にしていたのか。《階位》が高い者の間でもわからないということは、余程交友関係が乏しい子なのかもしれない。


「心配ない、ジレード、これから調べれば――」

「――はて、眼帯少女とは……?」


 そこでロレンスが話に割り込んできた。まさか、知ってるんだろうか?


「切断事件の真犯人として、追ってる相手で……」

「むむっ……なるほど。どうやら恩人のグレイス君に有意義な情報を提示することができそうだ……」

「「「おおっ……」」」


 俺たちは驚いた顔を見合わせた。まさか、ロレンスが知っていたとは。こりゃ一気に道が開けてきそうだな……。

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