第34話 支援術士、疑われる


「――なるほど……」

「これは実に興味深い……」


 あれから俺たちは隠れ家の墓地に戻り、そこで待っていたテリーゼとジレードに今まであったことを簡潔に話した。


 二人とも神妙な表情で時折うなずきつつ、何やらヒソヒソと何やら会話してる。この様子だと彼女たちも犯人については知らないみたいだが、なんとなく予想はつくってところか。


「グレイスさんの話から察すると……おそらく犯人は《高級貴族》より下、《騎士》よりは上の者でしょうね。盲目になる以前、《高級貴族》の集まりには何度も参加したのですけれど、そういう方を見たことがないので」

「残念ながら自分も」

「なるほど、じゃあちょうどその中間に位置する《貴族》の人物ってわけか」

「はい。《貴族》は《高級貴族》や《騎士》以上に体面を気にする方も多いそうですから、相手が相手だけに慎重に調べなくてはなりませんわ」

「うむ。グレイスどの、アルシュ、ここから先は自分たちに任せていただきたい」

「ああ、お願いするよ。本当に助かる」

「テリーゼさん、ジレードさん、ありがとう……」


 ここが墓地とは到底思えない、和やかな空気に包まれる。頼ってばかりではダメだが、仲間がいるというのは本当に心強いことだ。俺とアルシュだけでやるにも限界があるから。


「ふふ、グレイスさんに関していうとわたくしたちはライバル関係ですが、それ以外では協力を惜しまないつもりですわ。ねえ、ジレード、アルシュ……」

「は、はい……」

「う、うん……」

「……」


 みんな変わらず笑顔だっていうのに、それまでの和やかな空気から一転してなんとも恐ろしい空気に包まれてしまった。彼女たちを怒らせたらきっと幽霊よりも怖いだろう……。




 ◇◇◇




(【なんでも屋】のグレイス……この目でどんなやつなのか、とくと拝んでやる。銅貨1枚で人を助けるだって……? どうせ詐欺師の類で、あとで多額の金か、あるいは高価な宝石か体を要求するに決まってるじゃないのさ。馬鹿馬鹿しい……)


 歪んだ隻眼から涙をこぼしながら眼帯の少女ナタリアが向かったのは、冒険者ギルド前の路上で展開されているという【なんでも屋】だった。


(――あそこ、か……)


 なだらかな坂道を上った先に見えてきたのは、路上脇に整然と並んだ人々で、奥には白装束を来た若い男と、傍らで年寄りの客に対し愛想を振り撒く少女の姿があった。


(あ、あれが【なんでも屋】のグレイスで、隣の【踊り子】みたいな格好の女は助手か……)


 ナタリアは自身の気配を消すと、話し声が聞こえる程度の距離から【なんでも屋】の様子を眺めることにした。


「――え、えっと、グレイスとやら、いや先生、なんでも治せるって本当かのぉ?」

「「もちろん!」」


 どことなく落ち着かない様子の客に対し、元気の良い声が二つ飛んだ。


「実は、体の色んな箇所が痒くて痒くてたまらんのじゃ。かなり前からで、どんな薬や回復術でも治らなくてなぁ……」

「なるほど、湿疹だね。一番痒くなるときは、どんなときが多いかな?」

「起きてるときはそうでもないんじゃが、寝てるときが一番……」

「なるほど、ストレスがかなり影響してそうだ」

「た、確かに、仕事で滅入ることが多くてのぉ……」


(はっ、そもそもストレスのない仕事なんてあるのかい? グレイスのやつ、それらしいことを言ってるけど、詐欺師だからすぐボロが出るよ。見ててご覧……)


「見た感じ、おそらくストレスによって自律神経が乱れていて、それで体が冷えてて夜に顕著になるのかと。だから回復術でリラックスさせたあと全身を温めるので、しばらく体の力を抜くように」

「わ、わかったのじゃ……」


(適当なこと言っちゃって、どうするつもりなんだか――)


「――え、全然痒くないじゃと……?」

「ああ、もう大丈夫だ。なるべくストレスを溜めないように。あと、全身の血の巡りをよくするために、自分でマッサージをやるといい。人差し指と親指の間にある合谷というツボがよく効くから、毎日寝る前に強めに長く押すように」

「あ、ありがとうじゃっ……!」


(バ、バカな。演技だよ、演技に決まってる……)


「ほ、本当に銅貨1枚でいいのかのぉ? お金を一杯出してやりたい気分じゃが……」

「ああ、もちろん」

「もちろんだよ!」

「ふむぅ……噂通り、まるで神様のようじゃ、お主は。ホッホッホ!」

「……」


(あ、あんなの、詐欺師の常套手段だよ。あとで莫大な金を要求するに決まってるし、そもそも本当に治してるのかい? どうせ病人の振りした偽客が何人も混じってるんだろうさ。お気の毒に)


 ブツブツと不満を呟くナタリアが目にしたのは、それからも次々と患者を治しては銅貨1枚だけ笑顔で受け取るグレイスと助手の姿だった。


 彼女はいつしか夢中になってその様子を見つめていたが、顔には苛立ちが募るばかりだった。


(偽客だ、偽客に決まってるよ。ん……)


 ナタリアはもうすぐ出番が来る位置にいる一人の客に注目した。


(ほおら、今度の客はどうだい、フラフラして足元がおぼつかない、顔色もすこぶる悪い。あれは演技するのも難しいし、どうやら本物の病人が来ちゃったようだね。それも、かなりのもんだよ。どうせ、詐欺師のグレイスは今は調子が悪いとか言って後回しにするんだろうけどさ……)

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