第25話 支援術士、夢を見る


 いよいよ俺も15歳になり、都の神殿で【天啓】を受けるときがやってきた。さあ、やってやるぜ。


「じゃあ行ってくるぜ、フレット」

「うん、グレイス。僕は入口で待ってるね」


 付き添いでやってきたのは、俺の幼馴染で親友のフレットだ。アルシュたちも来る予定だったけど、熟睡してる様子だったのでそっとしておいた。ガゼルは【勇者】になって以降、急にモテ始めるようになって忙しいみたいだしな。


 まもなく俺の番が回ってきて、遂にジョブ拝受の瞬間がやってきた。どうか、お願いだからフレットと同じ【賢者】であってくれ……。


「――グレイス、どうだった?」

「……お、おう、【支援術士】だったよ」

「えっ……」


 フレットが見せた顔はとても意外そうなものだった。そりゃそうだろう。なんせ俺はガゼルと一緒に剣を振り回してるのが似合う男に見えるだろうから。


 それでも剣じゃガゼルにはかなわないし、剣を扱うジョブになりたかったわけじゃなくて、あくまでもなんでもできる男、すなわち【賢者】になりたかったんだけどな。そうすれば、魔術も回復術も使えるし、肝心なときには剣だって使えるわけだから。


「グレイスならセンスあるし、【剣術士】や【剣聖】になるって僕は予想してたんだけどなあ……」

「いやいや、俺の理想はなあ、特化型よりなんでもやれるオールラウンダーだから……」

「でも、【支援術士】は回復術に関してはなんでもできるタイプだからある意味グレイスらしいね。正直、羨ましいよ」


 フレットの言葉は嘘じゃないだろう。俺やアルシュ、ガゼルがダンジョンワールドについて熱心に語り合う中、彼だけはあまり気が進まない様子だったんだ。大きな力で未知のモンスターを倒すより、【回復職】――【支援術士】【治癒術士】【補助術士】――のいずれかになって病気の人々を救いたいとよく言っていた。


 フレットはまだ小さい頃に母親が病気で亡くなってるから、余計そういう思いが強いんだろう。


 けれども、正直ショックだった。【支援術士】かあ。治癒力じゃ【治癒術士】に負けるし、補助力じゃ【補助術士】に負ける中途半端なジョブのイメージだ。まあフレットの言う通りある意味俺らしいのかな?


「あーあ、交代できたらいいのになあ」


 俺の言葉にフレットは同意すると思っていたが、意外にも首を横に振られた。なんでだ……?


「僕はそうは思わないな。これは運命だと思うんだよ」

「運命……?」

「うん。持って生まれたものっていうのかな……。困ってる人々を回復術で救うのが小さい頃からの夢だったけど、それはきっと僕の仕事じゃないんだろう。グレイス、君がやるべきことなんだ」

「……んー、いまいちピンとこねーな……」

「あはは、わかるよ。僕だって、【賢者】としてどうするべきなのかって未だに迷ってるし、重圧で逃げ出したくなるときもある。でも、挑戦しても逃げても厳しいなら、挑戦するだけだよ」

「ああ、そうだな」


 フレットの笑顔を見てると、俺は色々と救われる気がした。そうだな、【支援術士】として今は俺もどうすればいいかわからないが、前向きに生きていればいずれ道が見えてくるかもしれない。新たな夢という道筋が……。




「――なあフレット、ここのモンスター、少なくねえか?」

「そうだね……」


 フレットと一緒にFランクの依頼を達成すべく都近くの森まで来たんだが、どうにも様子がおかしい。色んな種類のモンスターで賑わってることで有名な森なのに、不気味なほどに静まり返ってるんだ。


「グレイス、何か嫌な予感がする。今日はもう戻ろうか」

「お、おう、そうだな。昔からフレットのそういう予感は当たるしなあ……」


 以前、フレットの嫌な予感を笑い飛ばしたガゼルの野郎がこっぴどい目に遭って危うく死にかけたことを思い出す。フレットは昔から理知的で勘が鋭くて、【賢者】になったのもうなずける男なんだ。


「――きゃあああぁぁっ!」

「「っ!?」」


 今まさに戻ろうと踵を返したときだった。稲妻のような鋭い悲鳴がこだまし、俺はフレットとはっとした顔を見合わせた。誰かが森の中でモンスターに襲われてるのかもしれない。助けなければ。俺はその一心でフレットとともに走った。


「あ、あれは……」


 俺たちは頭を伏せた。向こうに誰かいる。冒険者パーティーらしき集団が一か所に固まっていて、モンスターの群れと激しく交戦しているところだった。


「ちっくしょー。どんだけいやがるんだ!?」

「てめえが集めるからだろうが!」

「モンスターをかき集めるには生きた動物の血がいいって聞いたが、これほどとは……」

「「……」」


 男たちの発言でようやくわかった。近くで血を流して横たわっている女性や犬を見ればわかる。犬の生き血を使ってモンスターを集めたまではいいが、それが増えすぎて仲間がやられ、最早手に負えなくなったというわけだ。


「あ、ありゃもう無理だ。フレット、あんな酷いやつら見捨てて俺たちも逃げるぞ……!」

「で、でも――」

「「「――ぐああああぁっ!」」」

「「っ!?」」


 俺の言う通りパーティーはまもなく壊滅し、モンスターがあっという間に散らばってしまった。




「――はぁ、はぁ……」


 俺は瀕死のフレットを背中に乗せて森の中を走っていた。


 途中、これ以上逃げるのはもう無理だと判断したのか、フレットが捨て身でモンスターと戦い始めた結果だ。俺も急いで戻り参戦したが、気付けばフレットはモンスターの攻撃から俺を庇うようにして、相打ちのような形で倒れてしまった。


 本当に呼吸しているのかどうかすらわからなくなるくらい息が弱いが、死なせるもんか。死なせるわけにはいかねえんだよ。


「フレット、もう少しの辛抱だ。俺の回復術じゃどうしようもねえけど、町に着けば必ず助かる。だから耐えるんだ……」

「……」

「フレット……?」


 フレットはもう、息をしていなかった。眠るように死んでしまったんだ。俺は情けないことに、【回復職】でありながらどうすることもできなかった。最も助けたい友が目の前にいるっていうのに……。

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