第13話 支援術士、杖を新調する


「うーむ……」


 お金もそこそこ貯まり、愛用している杖の傷みがいよいよ酷くなってきたってことで、俺は一旦【なんでも屋】を休止し、新しいものに買い替えるべくロッド専門の武器屋まで来ていたわけだが、かなり迷っていた。どれにしようか。


 こうした杖は長く使えば使うほど手に馴染んで使いやすくなっていくものの、その反面治癒能力や補助能力は徐々に劣化していくのが普通だ。


 なんでもやろうとするオールラウンダーの俺のように、威力や詠唱スピードに特化したタイプじゃないなら扱いやすいのが一番だとは思うが、これだけ今にも折れそうなほど古びて傷んでしまうとさすがにもう厳しい。


 唯一の利点である扱いやすさでも劣ってしまうし、何より親友フレットの形見の品なのに使い続けて壊してしまうわけにもいかないので、思い切って新調したほうがいいだろう。


「――お、これとかいいな……」


 先端が鳥のくちばしのようになってる、今持ってるのと似たようなオーソドックスの杖が目に入る。


 鋭すぎて登山用のピッケルみたいになってるが、やたらと不規則にカーブしてたり宝石がついてたりするような派手なのは好きじゃないしこういうのがいいんだ。もっとも、こういうのはちゃんと機能も考えた上でこうしたデザインになってるみたいなんだが。


「……」


 さて、いよいよ形見の杖を手放すときが来ちゃったな……。


 今思えば、随分長く愛用してきたもんだと思ってまじまじと見つめていると、フレットが亡くなってからこの杖を使い始めた頃の思い出が昨日のことのように鮮やかに脳裏に浮かんできた。改めて、これがどれだけ俺にとっていかに大事なもので、心の支えとなっていたのかを痛感させられる。


「惜しいが、仕方な――え、あれ……?」


 信じられないことが起こった。あきらめをつけようとした途端、形見の杖が輝き始めたかと思うと、傷がどんどん修復していって新品同様の姿に戻ったのだ。


 まさに目から鱗だった。こうした武器までも回復させることができるというのか。確か、生物以外の回復のことを修復術というんだ。それについては難易度も相殺術並みに高い上、資料が少なすぎることもあり何度試してもダメだったのでほぼあきらめていたのに。


「フレット……」


 そうか、あいつが本当に見ていてくれてたのかもしれないな。あの世から……。ずっと一緒だ、フレット。これからも。俺は今にも泣き出しそうな曇り空に形見の杖を掲げ、心の中でそうつぶやいた。


「ん……?」


 今何か本当の意味での視線を感じたような。咄嗟に振り返ってみると、店内には俺のほかに数人の客がいたが、誰もが陳列された商品に夢中な様子で俺のことなんて見ていなかった。


 気のせいだろうか? なんか頭がクラクラするし、さっきの偶然的な回復術で精神をがっつり消耗した可能性もある。形見の杖も復活したことだしゆっくり帰るとするか……。




 ◇◇◇




「はあ……」


 アルシュがいかにも陰鬱そうな表情で溜息を吐く。


(ここまで来たのに、何やってんだろ、私。これじゃバカみたい……)


 彼女は黒いローブを纏ってひっそりと武器屋までグレイスを追いかけてきたものの、寸前になってどうしても話しかけることができず、杖が並んだ商品棚の陰に座り込むようにして隠れてしまっていた。


(大体、今更顔を出してなんて言えばいいの? 無理矢理押しかけていっても、折角順調にいってる【なんでも屋】の邪魔になるかもしれないし、パーティーから追放された嫌な思い出を蘇らせちゃうかもしれない――)


「――そこのお嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「あ……」


 老翁の店主に心配そうに話しかけられ、はっとした顔で立ち上がるアルシュ。


「その格好、【魔術士】だね。欲しい杖があるけど買えないっていうなら、特別に安くしとくよ。どれがいいんだい?」

「あ、いえっ、いいんです。別に買いに来たわけじゃ……」

「ええ?」

「あ、見に来ただけですからっ!」

「そうかそうか。お金がなくても何か欲しいものがあるなら相談に乗るから、いつでも来なさい」

「は、はいっ!」


 気まずそうにそそくさと店から飛び出したアルシュだったが、そこで何かひらめいたかのように目を大きくした。


(そ、そうだ。あの手があった……!)

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