第28話 説得

「力を見せれば嫌でも信じたでしょうに、どうしてそうしなかったの?」


 暗闇の中で動く輝くような肢体。赤い髪がハラリと落ちてきてたかと思えば、ルル姉さんの頬が俺の胸へと収まった。


「さぁ、なんでかな。少なくともあの時は思いつきもしなかったよ」

「それはきっと、アロス様が本当のことをまだ二人に教えたくなかったからじゃないかしら」

「そうかな? ……そうかもしれない。ルルねーー」


 スッ、と人差し指が俺の唇を塞ぐ。


ここではお姉さん呼ばわりはなしでしょ」

「ごめん。ルル」

「いいのよ。それよりもアロス様はこれからどうするの?」


 布団の中でルルの足が俺のものに絡みついてくる。


「ティナとサーラを連れた状態であのダンジョンマスターには遭遇したくない。この件は師匠達に任せることにするよ。必要なら聖王国から援軍を送ってもらおう」

「そうね。それがいいわ。あの存在感、恐らく相手は魔将クラスでしょうし、聖王国わたしたちとしても他人事ではないわ」

「後は何と言って二人をこの国から出すかだよね」


 まだ幾つかものダンジョンがある中、急いでこの国を出て行く口実が中々思いつかなかった。


「気分転換とかで良いじゃないかしら。危険度Sのダンジョンに遭遇した後なら説得力もあるでしょうし」

「……そうだね。二人としても特にこの国に拘る理由はないだろうし、その理由で十分かな」


 火王国を出る前にサラステアさんに会いたがるかもしれないけど、ダンジョンに行かないなら特に問題はない。


 部屋の隅でよるがユラリと揺れた。


「その理由で国を出るのは、タイミングが悪かったかもしれないね」

「アリアさん、何かありましたか?」


 使える者が少ない希少な空間魔術ちからを使って部屋の中に現れたアリアさん。俺がベッドから上半身からだを起こせば、ルル姉さんがそれに続いた。


「とびっきりのことがあったよ。……こっちもとびっきりだけど」


 中性的な美貌を持つ女軍人の視線が、ルル姉さんの素肌を舐めるように這う。


 ルルの掌で炎が盛った。


「アロス様、同僚を焼く許可を貰えるかしら」

「いや、そんな許可出さないからね? アリアさんも早く報告してください。まさか覗きに来たわけじゃないですよね?」

「ふっ。そんなはずないだろ。覗きなんてしなくても、いずれ僕もルルと一緒に旦那様と褥を共にするんだよ? それとも、今がまさにその時なのかな?」


 襟詰のキッチリとした上半身ぐんぷくとは対照的なヒラヒラとした下半身スカートに手を入れると、アリアさんは艶かしい二本の足をレールに黒い下着モノをゆっくりと下ろし始めた。


 ゴクリ、と俺の喉が音を立てる。


「ファイヤ」

「うわっ!? ちょっ、ルル? 今の本気で狙った?」

「これ以上アロス様との時間を邪魔する気なら次ば本気そうなるわね」


 指先からこれ見よがしの炎を放つと、ルル姉さんは俺の背後に回って同僚の視線からその体を隠す。アリアさんが残念そうにため息を一つ付いた。


「はぁ、今日は僕も覚悟を決めてきたんだけどな。……それじゃあ報告するけど、実はーー」




「はぁっ!?  サラステアの奴が行方不明? どういうことよ」


 宿屋の一階、そこにある食堂でティナ達と朝食を取っていると、案の定、話題はダンジョン潰しに出かけて行方不明となったこの国の王女であるサラステアさんの話となった。


「私も先ほど聞いたばかりなのですが、火炎騎士団を引き連れてダンジョン潰しに向かったまま、予定時間を過ぎても連絡が入らなかったようですわ」

「は? 救助隊は?」

「火王国の兵が救助に向かったようなのですが、彼らからの連絡も途絶えたようなのですわ。現在、救助隊を再度編成するに当たって、ギルドにも協力要請がきてますの」


 一国の王女が消えたのだから、どうあっても二人の耳には入ると思っていたけれど、その話を持ってくるのがリラザイアさんだとは思わなかった。


(俺達と一緒にダンジョンにいたのにこの情報の早さ、流石はシュウ商会の人といったところかな)


 感心しつつも、ティナとサーラの様子を観察する。二人は神妙な面持ちでリラザイアさんの話を聞いていたが、やがてティナがーー


「私達も救助隊に志願しましょう」


 と、想像通りのことを言い出した。


(ティナらしいけど、今回は諦めてほしいんだよね)


 昨日の夜の内に師匠たちを全員集めるようアリアさんにお願いしておいた。俺達が何かしなくてもこの事件は解決するのだ。


(とは言っても初動が遅れるのは確かなんだよね)


 事情が事情なので遅くても明後日までには来てくれるだろうけど、俺達が今すぐ動く方が早いのは確かなのだ。


(さて、どうやって説得するか)


 あれこれ言葉を考えているとーー


「私は反対です。一国の姫と精鋭部隊が行方不明になるなんて生半可な事態ではありません。火王に任せるべきだと思います」

「でも火王は今この街にいないんでしょ?」

「ええ。火王様は国のあちらこちらに出現する魔族を追っている最中で、こちらに戻ってくるのに早くても二日から三日は掛かるだろうという話ですわ」

「だから軍がギルドに勇士を集って救援隊を編成しているのよね。……この話、そんなに嫌?」

「軍がギルドに協力を要請しているのは自分達だけで救助する自信がないからです。リスクが高すぎます」


 昨日の件があったからか、いつもは何だかんだでティナの言葉に折れるサーラが珍しく真っ向から反論してる。


(あれ? これは思ったよりも説得が楽な感じなのかな?)


 タイミングよく黒色の瞳がこっちを見た。


「アロスさんはどう思いますか?」

「そうよ、アンタはどう思うわけ?」

「俺は……サーラに賛成かな。サラステアさんのことは、そりゃ心配だけど、この国の精鋭である火炎騎士団が一緒にいての事件なんだよね? サーラの言うとおり火王様に任せた方がいいと思う」

「……分かったわ。確かにアンタ達の言うとおりね。救助隊には志願せずに今は様子をみましょう」

「うん。……え? あれ? いいの?」

「何よ、アンタらが言ったことでしょうが」

「いや、そうだけどさ……」


 ティナにしてはえらい聞き分けが良い気がする。


(やっぱり昨日のことをまだ気にしてるのかな?)


 俺が首を傾げているとリラザイアさんがフォークを置いた。


「ご主人様方の意見は分かりましたわ。ではここは私が皆様を代表して救助隊に参加してまいりますわ」

「ええっ!?」


(どうしてそうなるの……って、そういえばサラステアさんとは友達なんだっけ?」


 二人の説得が楽に終わったと思えば、とんだ伏兵の登場である。


「あの、リラザイアさん? 気持ちは分かるんだけど、救助隊に参加するのは危ないので止めておいた方が良いと思うんだけど」

「大丈夫ですわ。私の手にかかれば必ずやサラステアを助けだ、キャン!?」

「ちょっ!? リリラさん? 一体何を……」


 背後からの手刀でリラザイアさんの意識を奪ったメイドさんは、俺たちに向かって慇懃無礼とも取れる丁寧さで頭を下げてきた。


「申し訳ありませんが、私達はサラステア様の一件が終わるまでお暇を頂きます」

「アンタらって奴隷のくせにホント自由よね」

「ティナ、奴隷なのはリラザイアさんだけですよ」

「あっ、そっか。ごめん」


 小さく頭を下げるティナにお茶を啜るサーラ。二人ともたまにリリラさんが取るアレな行動にもすっかり慣れてしまったようだ。


「いや、そんなことよりもリリラさん。何故急に休暇申請なんですか? あの、リリラさん?」

「ちょっとリリラ、返事ぐらいしなさいよね。感じ悪いわよ」


 しかしリリラさんは俺達の言葉には一切反応せずに、意識を失ってテーブルに突っ伏しているリラザイアさんを肩に担ぐと、そのまま宿屋を出て行った。サーラが紅くなった自分の頬に片手を当てる。


「格好いい」

「え? 今のが?」


 相変わらずサーラの感性は独特だ。


「あの我が道を行く感じが素敵じゃありませんか?」

「ごめん、ちょっと分かんないかも。それよりもティナ、どうする?」

「どうするって言われても……放っておくしかないんじゃない? リラザイアもいるんだし、そのうち戻ってくるでしょ」

「そう……だね」


(リラザイアさんには悪いけど、二人の前で救助隊の話を蒸し返されても困るし、サラステアさんの一件が終わるまではどこか別の所に居て貰った方が都合がいいかな)


 ティナとサーラはダンジョンマスターの暗躍が予想されるサラステアさんの事件には関わらないと言った。そしてリラザイアさんにはリリラさんがついている。


(これで後は師匠達が敵を倒すまで大人しくしておけばいい)


 思ってたよりもずっと上手く事が運べたことに、俺はホッと息を吐いた。


(一先ずは一安心だね)


 そんな風に考えた自分を、俺はこの後直ぐにぶん殴りたくなるのだった。

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