第26話 ダンジョンマスター

 吐き出された黒い炎を守護精霊の体を使って防ぐ。


「GAAAAAAAA!!」


 俺の魔力で作られた竜が悲鳴を上げる中、空を舞う四羽の不死鳥が黒き炎を吐き出すモンスターへと襲いかかった。


 爆音がダンジョンを揺らし、真紅の炎が地下に太陽の如き明るさを生む。


「私の守護精霊でも倒しれ切れないなんて、ダンジョンマスターはよっぽどの大物ね」


 空中から支援攻撃をしていたルル姉さんが隣に降り立った。俺は姉さんの守護精霊が生み出した炎に包まれた敵を見上げる。


「これが……ドラゴン」


 ドラゴン。それは魔族が作り出す守護精霊まものの中で最強と謳われるモンスター。敵対する竜は未だダンジョンに囚われた身ではあれど、その実力はすでに一国を揺るがすほどに凶悪に膨れ上がっていた。


(黒い鱗はあまり話に聞かないけど、これってどう考えてもBじゃなくてSクラスの仕事だよね)


 魔術を放とうと俺が魔力を練り始めれば、そうはさせるかとばかりに炎に包まれた尾が振るわれる。


「弟君」


 姉さんが俺を抱き抱えて跳躍。尾の一撃を回避するが、俺の守護精霊は間に合わずに砕け散ってしまう。


「パワータイプの守護精霊は格上に遭遇した時、使い道が一気に減るのが難点ね。やはりもっとオプションをつけた方が……」

「姉さん、そういうのは後にして。降り注げ雷撃『雷雨雨らいうう』」


 ダンジョン内を駆け回る雷の嵐が竜の体を打つ。がーー


「GAAAAAAAA!!」

「駄目か!? 何て固さだ」

「弟君、力は?」

「使えるけど思ったよりもさっきの無理が効いてる。無駄打ちはできない」


 未熟な俺は聖王の力をまだ日に何度も使えない。特に先程のように空間移動なんて繊細な魔術を前準備もなく行使した後は。


(力なしでも勝てると思ったけど、ここまでの強敵だとは思わなかったな)


 ダンジョン内で十分に力を蓄えたダンジョン主は積極的に外に獲物を捕らえに出るようになる。それがない未成熟なダンジョン主なら一対一なら確実に勝てると思っていたのだがーー


「GAAA!!」


 放たれる無数の火の玉。姉さんから体を離し、降り注ぐ無数のそれを回避する。


「弟君、私が隙を作るわ。一撃で決めて」

「了解」


 俺は手に持つ剣に力を集めていく。姉さんが身につけている全ての魔術具が発光した。


「全召喚『最後の不死鳥』」


 対峙するドラゴンにも負けぬ巨大な火の鳥が洞窟の岩を溶かしながらその大きな羽を広げる。


「来なさい! 精霊融合」


 火の鳥がルル姉さんの体を包み込み、炎の繭から六つの翼と真紅の鎧に身を包んだ戦乙女が現れた。


「GAAAAAAAA!!」


 黒き竜のブレス。しかしそれは炎の翼を得た姉さんにはかすりもしない。


「終わらない生命に縛られなさい」


 姉さんの放った炎がドラゴンの体を撫でれば、黒竜の巨体から炎の羽が無数に生える。


「GU!? GAAAAAAAA!!」


 羽は黒竜が動けば動くほど噴出口のように炎を吐き出して、吐き出す炎が強まる程に黒龍の動きが鈍くなっていく。


 『生命の喜劇』。対象の運動エネルギーを奪い炎として吐き出す魔術であり、姉さんが持つもっとも殺傷能力の高い魔術だ。


 炎の羽は寄生するドラゴンから奪った熱で今や一個の生命のようにも見え、同時にドラゴンを含めての群体いのちであるかのように蠢いている。


「今よ、弟君」


 まるで姉さんが何を言っているかを理解しているかのように竜の目が俺を捉える。その口に地獄の業火を思わせる黒き炎が収束し、しかし炎の羽に力を吸い取られてあっという間に萎んでいく。


 聖王おれの力を帯びた刀身が純白の輝きでダンジョンを照らした。


「君は強い。もしもこのまま成長していけばほとんどの人間が敵わない強靭な生命に進化なっていただろう」


 竜がブレスを放つ。しかし弱りに弱ったそれは躱すに値しなかった。


「その強さに敬意を。そしてだからこそ、君はここで死んでくれ」


 聖王国と、そして何よりも二人の幼馴染を脅かす者に死を。俺の振るった一撃が竜の体を真っ二つに切断した。


「クォオオオオオン!!」


 恐るべし強獣の威厳に溢れていた呻き声が、どこか遠くで吠えている犬のように弱々しくなる。やがて地に分かれたドラゴンは、その身に残った全ての生命ねつを体中の羽に吸い取られて完全に息絶えた。


「……アロス様」


 背後の声に振り返ろうとしたその時ーー


(まさか、あれほど手間暇かけて作ったものがこうも簡単に壊されるとはな)


 生まれて初めて、肌が泡立つと言う感覚を味わった。


「ルル姉、離れて!!」


 俺と姉さんは同時にドラゴンの体から飛び退いた。直後、ドラゴンの体が爆散。逃すかとばかりに千を超える鎖が迫ってきた。


「消えろ! 悪しきものよ!!」


 肉体への負担など度外視で咄嗟に『力』を使う。光が全ての鎖をチリ一つ残さずに消し去った。


(この力はっ!? そうか、クックック、貴様がーー)


 どこからともなく響いていた声が消える。だがそれでもしばらくの間、俺も姉さんも動けずにいた。やがてーー


「行ったみたいだね」


 疲労からその場に膝をつく。すぐさまルル姉さんが駆け寄ってきた。


「弟君。今のは?」

「分からない……けど、恐らくはあの竜を作った奴の仕業だと思う」

「ダンジョンマスター。でもあのプレッシャー。ただの魔族じゃないわね」

「うん。……姉さん、ティナとサーラが無事か確認できる?」


 予想を超えた敵の存在に、二人のことが気になった。


「ええ。アリアに水晶玉持たせたから映像として見ることができるわよ。ほら」


 姉さんが取り出した水晶玉がここではない何処かを写し出す。そこに移った光景はーー


「くっ、こんなことで私達は負けないわよ」

「たとえこの身を辱められても、心は好きにさせません」

「君達は可愛いな。僕もちょっと本気になっちゃいそうだよ」


 影に手足を捕われたティナとサーラの頰をアリアさんが撫でる。二人の衣服は一部が裂けており、白い肌を扇情的に晒していた。


 ピシリ、と水晶玉に亀裂が走った。


「お、弟君?」

「姉さん、アリアさんに後で話があるって言っておいて」

「わ、分かったわ」


 何故か俺から距離を取る姉さんを尻目に、俺はバラバラに爆散したドラゴンの死骸を眺めた。


(厄介な敵がいる。早くこの国を離れた方がいいかもしれない)


 二人には何と説明するか考えつつも、俺は想像以上の難度を誇ったダンジョンを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る