幼馴染みが婚約者になった
名無しの夜
第1話 幼馴染みが婚約者になりました
「もう、アロス。アンタってば全然成長しないわよね」
「痛い、痛いってば」
手首を竹刀で叩かれ武器を落とした俺の肩をティナの奴が竹刀で容赦なくバシバシと叩く。
「まったく、この私が教えてあげてるのに何でちっとも上達しないわけ?」
つり目がちな瞳がこちらをジッと見つめてきて、その後ろでは輝くような金髪が馬の尻尾みたいに揺れている。
「い、いや上達はしてると思うけどね。他の人には強くなったって褒められるし。ただ俺の上達速度よりもティナの成長が速いだけだから」
「何が俺よ。この間まで僕とか言ってたナヨナヨ君のくせに」
バシバシ、バシバシ。
「痛い。痛い。だって俺ももう十八だよ? いい加減しっかりしないと」
皆に申し訳がない。
最後の部分を言葉にしない俺の尻をひときわ強く竹刀が打った。
「だから痛いってば」
「しっかりするんでしょ? これが実戦なら痛いなんて言ってられないのよ?」
「それは……そうだけどさ」
「ったく、剣の方は相変わらずパッとしないけど、魔術の方はどんな感じ?」
「そうですね、アロスさんは中々筋がいいですよ」
そう言ってサーラが微笑む。腰まで伸びた黒い髪はサラサラで、微笑みに合わせて綺麗にそろった前髪が微かに揺れる。
「本人の才能もあるのでしょうが、アロスさんの潜在的な魔力が非常に高いんです。鍛えていけば二つ名持ちの魔術師にだってなれるかもしれません」
「まぁ、こいつアルバ家の人間だものね」
アルバ家。聖王国の中でも魔術に関して五指に入る名家。それが俺こと聖王国第三王子であるアロス・エイルデアが被る偽の身分。そしてそのことを幼馴染みの二人は知らない。知っているのはーー
「弟君、ちょっと話があるんだけど」
汗と血の匂いが立ち込める訓練所には似つかわしくない、黒いドレスに身を包んだ紅い髪の美女がやってきた。
「ルル姉さん、どうかしたの?」
「げっ、ルルさん」
「ん~? 何かなティナ。そのげっ、てのは」
「い、いや。何でもないですよ。アハハ」
ルル姉さんが親しげに肩を組めば、あの勝ち気なティナが萎縮して小さくなった。
(しおらしいティナって意外と可愛いんだよな)
「な、何よアンタ達、何か言いたいことがあるわけ?」
俺とサーラの視線に気付いたティナがキッと睨んでくる。
「言いたいことと言うか、何だか猫が飼いたくなってきたなと思って」
「借りてきた奴ですね。私も一匹ほしいです」
「は? なんで猫? ってルルさん何してるんですか?」
「ん~? こうすると気持ちいいかなって思って」
ルル姉さんは猫にそうするように、ティナの顎下に指を這わせるとそのまま擽った。
「そ、そんな、き、気持ちいいわけ……あっ!?」
「あら? 気持ちいいわけ……何かしら?」
「んっ、だ、だから、あっ!? や、やめてくだ、ひゃっ!?」
ティナからティナらしくない声が漏れる。何だか目のやり場に困る光景だ。
「え、えーと……そ、それでルル姉さん。話ってのは?」
「それがさ~。ちょっと込み入ってるのよね。悪いけど付き合ってくれない?」
ルル姉さんの指が訓練で汗ばんだティナの身体をゆっくりと下って行って、女性特有の膨らみをーー
「ダ、ダメダメダメ! もう、さっきから何してるんですか!?」
ティナはルル姉さんの腕から脱出すると、悪漢に襲われたか弱い乙女のように自分の身体をヒシリと抱きしめた。
「ふふ。ティナも色々と成長してきてるようね」
「ど、どこ見て言ってます?」
「さぁ、どこかしら? それよりも弟君? 今大丈夫なのかしら?」
「え? あ、俺は構わないけど……」
幼馴染みの二人へと視線を向ける。
「きょ、今日はもう帰るわ。私もこの後父さんに話があるって言われてるし」
「ティナもですか、実は私もお父様から重要な話があると言われています」
「あら、奇遇ね。まっ、と、とにかくそんなわけだから私ら帰るから」
「それではアロスさん。また明日。魔術の勉強、サボったら駄目ですよ?」
「剣の稽古もね。ちゃんと寝る前に素振りしときなさいよ」
「分かってるよ。それじゃまた明日ね」
二人に手を振って別れると、ルル姉さんと一緒に家路につく。姉さんは大きくパッチリとした瞳を細めるとクスリと笑った。
「まだ手加減してあげてるんだ」
「……なんのこと?」
「訓練のことよ。私の弟君は聖王の直系。それはつまり人類最強の一人。あの二人は確かに将来有望だけれども、弟君からみたらその他大勢と変わらないでしょ?」
「大袈裟だよ。血筋だけが人の強さを決める訳じゃない」
「普通わね。でも聖王の血族だけは違う。そんなこと、分かってるんでしょ?」
正直、努力を否定するような考え方は好きじゃない。だから姉さんの言葉に反論したい。反論したいけどーー
「…………それで、重要な話ってなんなのさ」
「あら、怒った?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない。ほら、ハグしてあげるから許して。ね? お姉ちゃんは笑った君が好きだぞ~」
ルル姉さんに抱き締められる。とても柔らかくて、とても良い匂いがした。
「って、や、止めてよね!」
「なんで? お姉ちゃんのオッパイは嫌い?」
「大好きです! あっ、違う違う。今のはちょっと本音が……じゃなくて、ああ、もう! ほんと、何の用事なの?」
「弟君は可愛いな~」
黒いロンググローブに包まれた手にわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「そんな可愛い弟君にビッグニュースです。あまりにビッグすぎてビックリしないようにね」
「あのね姉さん。俺が師匠達にどれだけしごかれてると思ってるの? もう大抵のことじゃ驚かないよ」
何だかんだでこちらを気遣ってくれるティナとは違う、師匠達が嬉々として行う俺を殺す気としか思えない地獄の特訓を思い出す。
俺を驚かしたがっている様子の姉さんには悪いけど、あの地獄を潜り抜けた俺には鋼のごとき強靭な精神力が宿っているんだ。ちょっとやそっとのことでは驚かない自信があった。
「そう? じゃあ言うけどさ。アロス君に聖王妃様からの勅命が下りました。ガーランド家のティナとオルナリア家のサーラを妻に娶り、なるべく早く子供を作るように。あ、後念の為に私も弟君の子供を生むことになったから、この後サクッと一発ヤらないかい?」
「ふむふむ。なんだ、そんな……………えええええええええっ!?」
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