あの子の思い

助けに行くよ。


「ぐっ…はっ!」


おでこが痛い。

頭がクラクラする。


「おいおいタクミ、大丈夫かよ」


「う…ああ、大丈夫…」


地面についた手には、何故かあの赤い羽が握られている。

クシャクシャになった、赤い羽。


「行かなきゃ…」


膝の皿も強く打ち付けたみたいだ、痛くて直ぐには立ち上がらないがゆっくりと体を起こしていく。


「おいおいバカ言うなって。きっと来てるさ」


「そうだよタクミ君、万が一そうでもきっと部隊の人が助けてくれるから…」


「…それじゃ遅い…今確かに見たんだ、あの子はまだ一人であの離れた家にいるんだ!」


「強く頭を打ちつけたのか…?ちょっと横になれって。救護班を呼んでくるからさ…」


一樹もマコさんもサチコさんも分かってくれそうにない。

だがあの時のことは言葉では上手く言い表せない。


「違うんだって!本当に見たんだ!聞いたんだ!あの子の所に行かせてくれよ!」


場を離れようとする僕をサチコさんが抑える。

僕はガッと彼女を押し返そうとする。

いつよりも力が入って少しサチコさんも下がるが、流石に彼女を押し切ることはできない。


「落ち着きなさい、タクミ君。そんな事あるわけがないわ…」


「そうよ、冷静になって…」


「ダメだ!今行かないと…!」


『タクミ』


「今行かないと取り返しがつかないんだ!」



『ホラ、コレ水族館のペアチケットよ。コレであの研修生を誘ったらいいじゃない』


ロイヤルペンギンのフレンズが言う。


『うん、ありがとう!』


フルルは笑顔でそう答える。


『でも、違ったんだ』


彼女の目にはマコさんを遠い目で眺める僕が映っている。


『私、気づいたの。私が好きなのはきっとあの人の笑ってる顔なんだって』


僕が笑った。


『だから、やっぱり私じゃダメだ』


彼女はソレを僕の為に使うことに決めた。


『だからね?』


『あの…これ…これ…これ…あげる』


アナタの笑顔の為に。



「おりゃぁぁぁっ!」


周りの職員たちが注目し始める中、僕の手の中であの羽が光を放つ。


サチコさんだけじゃなく、一樹とマコさんも僕の事を取り押さえようとする。

しかし、さっきよりも力が漲っている。

ゆっくりではあるが、少しずつ押し返している。


「う…りゃぁぁぁぁ!」


「止めろタクミ!バカな事するなって!」


「いいよ!もう馬鹿でもなんでもいい!行かせてくれ!行かせてくれよ!」


「…っの!」


ガツンと頭に衝撃が入る。

その反対方向へ僕は倒れ込む。

それくらいの勢い。

僕は初めて友達に殴られた。


「…いいわけないだろ…タクミ…ちょっと落ち着こうぜ?そしたらもう少し探してみよう。そしたらきっとひょっこり出てくるさ」


「そうだよタクミ君…ハァ…ちょっと休もう?いろんな事があって混乱…してるんだよ…」


言葉にならなかった息たちが今にもへの字に曲がってしまいそうな唇から漏れていく。


あれ?雨かな…

おかしいな、だってここは屋内だし…雨漏り?

じゃなかったら…


「タクミ君…なんで…泣いてるのよ…?」


あぁ、堪えきれなかったからだめだ。

温かい雨が何故だろう、止まらないや。


「僕は…行かなくちゃいけないんだ…」


「タクミ…」



「あの子に何があったら僕が助けに行くよ!だって…僕は!あの子の飼育員だっ!!」


もう語彙力も何もない。

その幼稚園児のように拙い文しか口からは出てこない。

突然ピリピリと羽根から赤い電気が走り、一樹やマコさん、サチコさんたちを打った。


「うっ?!」


「なん!?…だ…これ…」


この隙に。

歯をグッと食いしばって走り出す。


『まもなくゲートを閉鎖します…行方不明となっているフレンズは後に捜索隊が送られます…』


「ちょっと待って!出してくれ!行かなきゃ!」


驚いた顔をして警備の人が僕のことを止める。


「何してるんだ!シャッターがしまるぞ!危ないから離れなさい!」


「イヤだ!離せ!離して!」


4人がかりでやっと抑えられ、押し返されていく。

ゲートの上から重厚な鉄のシャッターがゆっくりと降りていく。


「あ…あぁっ!閉めないでくれ!」


僕じゃ駄目なのか…

きっとこのままではこのシェルターの中にいる事しか出来ないのだろう。

何でだよ。

僕の事を信じてくれてるあの子が…


「…待ってるのに…っ…」



「どけどけどけどけぇーっ!」


突然、僕を抑えていた力が緩む。

一樹が警備の1人にタックルをしたのだ。


「何をする!止めろ!」


「タクミ君!」


その上からマコさんが押さえつけ、警備が動けないようにする。

そして後ろから巨体が現れた。

サチコさんが2人の警備員を片手で押し除けている。


「…確かに見たわ…」


「ええ…あれが本当なら…!」


僕を抑えている警備員はあと一人だ。

しかし力が抜け始め、シャッターは子供がギリギリしゃがまずに倒れるくらいの高さまで降りてきてしまっている。


「こんな所で…」


「タクミぃっ!諦めんじゃねぇよ!そんなへなちょこだからお前はずっと童貞なんだよ!」


腕に力が入る。

正面から僕は武装した相手と取っ組み合っている。


「お前も男だったら…命と引き換えに出来るくらいの女の子助けて…潔く死んで来いよぉっ!」


「うらぁぁぁっ!」


やっと相手を押し除けた。


「コラッ!ダメだ!死ぬぞ!戻れ!」


「行けぇぇぇぇぇっ!!」


シャッターはもう屈んで倒れる高さじゃない。


「っ!」


一か八か、思いっきりスライディングする。

ズササとケツが擦れる。

間一髪で通り抜ける事ができた。

あと数センチの隙間から声が聞こえる。


「馬鹿な事を!!…ぅあっ!?」


「タクミ君!行って!」


相手に見えるはずもない頷きを残し、僕は真っ直ぐにあの場所へと走り出した。


「なんだコレ…」


僕が汗に塗れて見た物は、真っ赤に火口が光っている火山だった。

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