第77話 ハルトとミレイジュ
遅めの昼食を終えたハルトは特に何をするでもなく、神殿の中を歩いていた。別に目的があったわけではない。ただ部屋でジッとしている気分でもなかったのだ。もう一度訓練場に行こうかとも考えたハルトだったが、それはリオンに止められた。
曰く、訓練とは時間ではなく濃度なのだと。今のハルトではどれほど剣を振ろうとも身につかないと言われたのだ。
何か別のことを考えようにも、思い出すのはさきほどイルから話されたことばかりだった。
「主様が何を考えておるか当ててやろうか?」
「え?」
「おおかた、先ほどのイルの話を聞いて、話したくないことを話させてしまったのではと悔やんでおるのじゃろう?」
「……よくわかったね」
「ふん、この程度思考を読むまでもない。というか、主様は顔に出すぎなのじゃ」
「そうかな?」
「あぁ、そうじゃ。差し当たって、妾から言えることがあるとすれば、気にするな、じゃ」
「気にするなって……でもあんな話をされたんじゃ気になるでしょ」
「あれはイルの事情じゃ。妾達が踏み込むことでもない。踏み込んで欲しいことでもなかろうしな。妾達にできることがあるとすれば、次に会った時も普段通りに接すること。奴が助力を請うてきたなら、その時また悩めばよい」
「うん……」
リオンの言葉を受けても、ハルトの表情は浮かないままだった。ハルトの知る兄弟関係は、幼なじみであるユナとシーラ、フブキとシュウだけだった。ハルトとリリアの仲が良いのと同じように、ユナとシーラも仲が良かった。フブキは思春期になり兄であるシュウのことを若干遠ざけてはいたものの、何かと気にはかけていた。仲の良い兄弟関係しかしらなかったハルトにとって、イルの兄弟関係は衝撃とも言えた。兄が弟を邪険にする……そんなことは考えたこともなかったのだ。
そんなことを考えながらボーっと歩いていたせいか、ハルトは自分に人が来ていることに気付かなかった。
向こうも書類を抱えているせいでハルトに気付いていないのか、避ける気配が無い。そうなればどうなるのか……結果はまるわかりだった。
「うわっ!」
「あいたっ」
ドンと、ハルトは目の前の人にぶつかってしまう。気の抜けた声とともに転んだ女性は、持っていた書類を地面にバラまいてしまう。
「あ、ごめんなさい! ボク、ボーっとしてて気づかなくて」
ハルトは慌てて落としてしまった書類を拾う。目の前の女性はそんハルトに怒ることもなく、優しく笑って同じように書類を拾う。
「気にしないでいいですよぉ。私もボーっと歩いてましたからぁ。お互い様ですねぇ……ってあれ? あれれぇ?」
書類を拾っていた女性はハルトの顔をみるやいなやグイっと顔を近づけてくる。もちろん急にそんなことをされれば誰だって驚く。もちろんハルトも驚く。しかもその女性がかなりの美人であることも相まってハルトの心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
「おい貴様、急になんなのじゃ。主様に近づくでない」
急にハルトに顔を寄せてきた女性に警戒心をマックスにするリオンはハルトと女性の間に割って入り、二人の距離を引き離す。しかしそんなリオンのことなど全く眼中に無い様子で、女性はリオンを押しのけて再びハルトに近づく。
「あなたぁ、もしかしてハルト君ですかぁ?」
「え、あ、はい……そうですけど。あなたは?」
「あ、そういえば自己紹介してませんでしたねぇ。私はミレイジュです。あなたのお姉さんの、リリアさんの親友ですよぉ」
「姉さんの?」
まさかリリアの名前が出ると思っていなかったハルトは驚きを隠せない。
「まさかこんな所で会えるなんて思いませんでしたぁ。確かにリリアさんが溺愛するのもわかるくらい可愛らしいですねぇ、いいですねぇ。お姉さんの好みですよぉ」
「あ、ありがとうございます?」
「主様、こやつ危ない奴じゃぞ。近づく出ない」
「危なくなんてないですよぉ。リリアさんの親友だって言ってるじゃないですかぁ」
「そもそもそれが怪しいのじゃ。それは本当の話なのか?」
「もちろん本当ですよぉ。リリアさんとは……そうですねぇ、一緒に寝るくらいには仲良しですよぉ」
「一緒に寝る!?」
「あれは熱い夜でしたぁ」
ミレイジュが言っているのは、以前リリアと一緒に酒を飲んだ際に酔いつぶれ、寝てしまった時のことなのだが、そんなことを知るはずもないハルトの脳内では、リリアとミレイジュが同じ部屋で一緒に寝ている姿を想像してしまって顔を赤くしていた。
「あ、いまいけない想像しましたねぇ。ハルト君は案外おませさんですねぇ」
「ちが、違います!」
「ふふふ、いいんですよぉ。思春期ですしねぇ。それよりもこんな所でどうしたんですかぁ?」
「えーと……別に特に理由があるわけじゃないんですけど……」
「……わかりましたぁ。悩み事ですねぇ」
「え?」
「思春期に悩みはつきものですぅ。お姉さんがハルト君のお悩みを解決してあげましょう」
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、仕事の途中なんじゃ」
「あ、そうでしたぁ。先輩に言われて書類を運んでる途中だったんだぁ……でもここでハルト君を放っておくのも忍びないし……よし、決めました! そりゃー!」
ミレイジュはそう言うと、目の前に小さな空間を生み出しその中に拾い集めた書類を放り込む。
何をしたのか全くわからないハルトの隣で、リオンは目を見開いていた。
「空間制御、時空転移の魔法……それをあの精度で。こいつ……」
「ふふん、私は
そう言って、自信ありげなミレイジュに引かれてハルトとリオンはその場を立ち去るのだった。
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