第75話 ハルトの焦り
リリア達が森での訓練を終える数日前にまで話は遡る。
リリアが森で死にかけるほどの死闘を繰り広げているなど露ほども知らないハルトはリリアからの言われた通りに鍛練に勤しんでいた。
「ふっ、はっ、やぁっ!!」
ハルト以外に誰もいない訓練場で一人木剣を振り続けていた。その時間はすでに二時間を突破している。そんなハルトに静かに近づく存在が一人。
「精が出るな、主様よ」
「あ、リオン。ごめん、いたのに気づかなくて」
「ふふ、無理もない。今の主様は鬼気迫るというにふさわしい状態じゃったからな……何をそんなに焦っておるのじゃ?」
「焦ってる……のかな」
「少なくとも、今の妾にはそう見えた。まぁ原因は予想できるがな。リリアに負けたことじゃろう?」
「っ……うん。そう……なのかな」
「勝ちたかったのじゃろう? リリアに」
「……ボクは勝つつもりで戦った。全力で、出せる力を全部だして。でも……姉さんは、もっと強かった。本気を出した姉さんには手も足も出なくて……」
ブン、と木剣を振る腕に力が入る。この日の朝に、ハルトはリリアと戦った。しかし結果はハルトの惨敗。あっさりとリリアに負けてしまった。ハルトの本音を言うならば、もっと戦えると思っていた。勝てるかどうかは別として、もっと善戦できると思っていたのだ。でもそれはハルトの思い込みでしか無く、リリアはハルトが思うよりもずっと高みにいた。
「姉さんが強いのは知ってるつもりだった。でも本当につもりでしかなかった……」
「……そうじゃな。妾も奴の力を見誤っておった」
「これじゃダメなんだ。このままじゃボクは守られることしかできない。そんなの嫌だ。ボクも誰かを守れるくらい強くなりたい。姉さんに頼られるような強さが欲しい」
決意を込めた瞳でハルトは宣言する。ただリリアに守られるだけの存在ではなく、リリアに頼られその隣に立てる存在になりたいと。
「強くなりたい。そう望むのであればそれを叶えるのが武具である妾の務め。であれば妾が主様を最強へと導こう。それこそ、あのエクレアにも負けぬほどにな」
「ボクにできるかな」
「できるかどうかではない。やるのじゃ。それに安心するがよい。主様についておるのは世界最強の剣【カサルティリオ】なのじゃからな。その担い手として相応しくあるよう、妾がずっと導いてやるのじゃ」
「そうだね。リオンがついてくれるならこれほど心強いことはないや」
「大船に乗ったつもりでいるがよいぞ」
胸の中に溜まっていた想いを吐き出したことでスッと気が楽になるハルト。するとその途端にハルトの腹の音が鳴る。気が抜けた途端に他のことが気になってしまうのも人間というものだ。
「そういえばお昼ご飯……食べてなかったね」
「妾は食べたぞ」
「えぇ!?」
「声を掛けたのに反応しなかったのは主様じゃろう」
「え、そうだっけ」
「そうじゃ。まぁあの時は主様は無心で木剣を振っておったからのう。気付かなくても無理はないが」
「うーん……でもいまからご飯食べるのもなぁ。時間が時間だし。今から食べたら夜ご飯がしんどくなりそう」
「軽食だけ貰えばよいのではないか? 食堂に行けばそれくらい置いておるじゃろう。何も食べずにいるのはしんどいじゃろう。あれだけ動いた後なのじゃからな」
「うん、そうだね。そうしようか」
夜ご飯まで我慢するという選択肢も頭をよぎったハルトだったが、運動後の空腹にはあらがえそうにもなく、リオンの提案に従うことにした。
訓練場を出たハルトはそのままの足で食堂へと向かう。お昼時も過ぎているため、食堂はすっかり空いていた。
「すいません、サンドイッチいただけますか?」
「はいよ! 待っててくんな!」
ハルトが注文すると、威勢の良い声が厨房に響く。
ハルトが注文を通して出来上がるのを待っていると、不意に食堂にイルが姿を現す。
「あ、ハルトじゃねーか」
「イルさん、どうしたの?」
「どうしたのはこっちの台詞だよ。お前が食堂にいるなんて珍しいな。いつもはパールに用意してもらってたじゃねーか」
「今日はパールさんパレードの準備で忙しいらしくて。人手が足りていないんだって。なんでもタマナさんが急にいなくなったとか」
「タマナが?」
「そう。だからタマナさんの仕事までパールさんに回って来てるんだって。タマナさんはたぶん姉さんと一緒にいると思うんだけど」
「そう言えば見てないな。どこに行ったんだ?」
「えーと……修行?」
「はぁ?」
「いや、ボクもそれしか聞かされてなくて。どこに行ったかまでは……」
「あいつ……ホント考えることめちゃくちゃだな」
「あはは……そういえば、イルさんはどうして食堂に? まだお昼食べてないの?」
「あのなぁ。オレもパレードの準備で忙しいんだよ。特に当日はお前と一緒に動くことになるからって作法やら何やらと……あぁもう鬱陶しい。さっきやっと解放されたとこだ」
「そんなに疲れてるなら部屋に食事を持ってきてもらえば……」
「バカできるわけないだろ。オレの部屋に誰がいるのか忘れたのか?」
「あ……そっか」
今、イルの部屋には王女であるミスラが身を隠している。部屋に給仕を呼ぶことはできないのだ。そのことをハルトはすっかり失念していた。
「部屋にいたらいたでしんどいしな。食堂にいる間くらいはゆっくりしたいんだよ」
「そっか。ボクも一緒に食べていいかな?」
「まぁ別にいいけどよ。じゃあどっか適当な場所に座っといてくれ」
「わかった。リオンは何もいらない?」
「妾は軽くお菓子だけ貰って来るとしよう」
そしてハルトとイルの遅めの昼食が始まるのだった。
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