第84話 呼ばれたならば

 リリアの【死姉】の力の前に、ハルトは『不死の翼』を最大限に利用して立ち向かう。生の力が込められている翼であればリリアの死の力を防ぐことができたからだ。しかし、『不死の翼』の力はいつまでも持つわけではない。リオンの言う通りであるならば、ハルトが蘇ってから数分間の間しか持たないのだ。

 そして、すでにリリアと戦い始めてから三分以上が経とうとしていた。たかが三分、されど三分。リリアとハルトの力量の差を考えれば奇跡的だと言えるだろう。

 リリアの精神状態が普通ではなく、動きの精細を欠いているということとハルトが【カサルティリオ】で強化されているということ。そのおかげでなんとか渡り合うことができているのだ。


「リオン、まだできないの!」

『あと少し待つのじゃ!』

「早くしないと姉さんが!」

『わかっておるのじゃ!』


 ハルトの『不死の翼』だけではない。このままではリリアがどうなってしまうのかもわからないのだ。早く止めなければとハルトは焦っていた。


『主様よ。一瞬でよいから奴の動きを止めるのじゃ。その隙妾が怠惰の力を奴に撃ち込むのじゃ』

「怠惰の力を?」

『怠惰の生の力を奴に撃ち込めば相殺できるはずじゃからな』

「……わかった」

『翼ももう長くは持たん。一気に決めるのじゃ!』


 リリアの隙を作るべく、ハルトは思い切って距離を詰める。今のリリアは剣を持っていないため、リーチという点において剣を持っているハルトの方が勝っている。


「姉さん、正気に戻って!」


 ハルトが近づいてきたことで苛烈さを増したリリアの攻撃を防ぎながら、ハルトは叫ぶ。リリアの心を呼び覚ますように、奥底まで届くように願いながら。


「姉さん!」






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「…………?」


 ふと、誰かに呼ばれた気がしたリリアは顔を上げる。しかし、見えるのは闇ばかりで誰に呼ばれたのかもわからない。


「気のせい? いや、違う……今のは、ハルトの声だ」


 このまま何もかも忘れて落ちていってしまおう、そう思っていたはずなのにハルトの声が聞こえた瞬間にリリアは動き出す。

 右も左もわからない暗闇の中、リリアは立ち上がる。


「行かなきゃ……ハルトの所に」


 声のした方向へと歩き出そうとした瞬間、誰かに右腕を掴まれて動きを止められる。


『どこに行こうとしてるんだ』

「え……」


 ハッと振り返ったリリアの目に映ったのは、自分の……宗司の姿だった。暗く澱んだ瞳でリリアのことを見つめる宗司。


『わかってるんだろう? 行ってもしょうがないってことなんて。もう戻っても、守るものなんて何もないことなんて』

「それは……」

『失ったものは戻らない。それはよくわかってるだろ? お前は、オレなんだから』

「…………」

『守ろうと足掻いて、必死になって、その結果がこれだ。結局オレは、そういう存在なんだよ。だったら全てを忘れて堕ちてしまえばいい。このままずっと……堕ちて堕ちて……終わらせればいい。結局無理だったんだよ、オレが姉さんにみたいになるなんてさ』


 宗司の言葉がリリアに深く突き刺さる。リリアは月花のようになりたいと思った。しかし無理だった。リリアは、月花にはなれなかった。


『守れないのはもうたくさんだ。あんな想いをするくらいなら……このままここで終わってしまった方が楽だ』


 宗司の言う通りだ。わかっている。戻ったとして、一度諦めてしまったリリアに何ができるというのか。そんなことは誰に言われずともリリア自身が一番よくわかっている。それでもリリアは行きたいと思ってしまっていた。


「私は……姉さんにはなれなかった。そうだよ。そんなのわかってる。《姉 (仮)》なんていう変な職業になって、私の思い描いてた姉さん像なんか全然守れてなかった」

『だったらなんで行こうとするんだ?』

「私が……ハルトのお姉ちゃんだから。辛くても、苦しくても、膝を折ってしまっても! あの子が呼んでるなら、私は行かないといけないの! 私はリリア。リリア・オーネスだから!」


 それこそが今のリリアの全てだ。たとえどんなにつらかったとしても、ハルトが呼んでいるなら答えるのが姉の、リリアとしての務めだ。


『……いつかきっと後悔するぞ。ここで終わっておけばよかったと』

「しないよ。絶対に。ハルトが傍にいてくれるなら」


 そしてリリアは宗司の手を振りほどき、声のした方向へと、光の方向へと歩き出すのだった。





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 何度も何度もハルトはリリアに呼びかけた。すると、少ししてリリアの動きがにわかに変化する。まるでハルトの言葉に反応するかのように動きが鈍ったのだ。そして、それこそがリオンの望んでいた隙だった。


『今じゃ主様、リリアの右腕に剣を突き立てろ! そこから力を流しこむ』

「わかった!」


 リリアの動きを見たリリアが反撃しようとするが、それよりもハルトの動きの方が速い。ハルトはリリアの右腕を【カサルティリオ】で貫く。


『これが妾の力じゃ! 『再生の炎』!』

「う、あぁあああああああ!」


 【カサルティリオ】の剣先から炎があふれ出し、リリアの右腕に注ぎこまれる。リリアの右腕はその炎を拒絶するように漆黒のオーラを吹き出す。


「ぐぅっ」

『気を緩めるな! ここで弾かれたら終わりじゃぞ!』


 リオンに叱咤されてハルトは剣を握る手に力を込める。少しずつ炎が漆黒のオーラを押し始める。あと少しで押し切れる——その思いが油断になった。瞬間的に噴き出したオーラがハルトのことを吹き飛ばす。


「うわぁっ!」

『しまった!』


 ハルトを吹き飛ばし、リリアがゆっくりと立ち上がる。その右腕は依然として漆黒に、死の力に包まれている。そしてハルトへと右腕を突き出す。転がってしまったハルトはそれに反応できない。直接掴まれてしまえばハルトもただではすまない。

 右腕がハルトの腕を掴む——その直前だった。リリアの左腕が右腕のことを掴む。


「ダメ……その子には手だしさせない。絶対に……たとえ私自身であったとしても!」

「姉……さん?」


 額に汗を流しながら、リリアは暴走する右腕を抑え込む。少しずつ漆黒のオーラが収まっていく。そして、


「はぁはぁはぁ……」


 完全に右腕の力を抑え込んだリリアは荒い息を吐いて座り込んでしまう。


「姉さんなの?」

「ふぅ……えぇ、そうよ。聞こえたの……ずっとずっと奥底で、ハル君の声が。ありがとね。それと……それと、ごめんなさい」


 涙を流してリリアはハルトのことを抱きしめる。


「生きてる……生きてるんだね、ハル君。ごめん……ホントにごめんね」

「姉さん……」


 涙を流してハルトのことを抱きしめるリリアのことを抱きしめ返すハルト。


「敵対勢力の戦力減少を確認。排除を開始する」


 その時、ローブの少女がリリア達の前に現れた。

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