第82話 蘇るハルト

 胸中に渦巻く感情そのままにスキルの名前を口にしたリリア。その名は【死姉】。口にした途端に、姉力がごっそりと持っていかれる感覚に襲われる。そして姉力の消費に伴って、リリアの右腕がどす黒く染まっていく。剣を邪魔だと思ったリリアはあっさりと投げ捨てる。


「その腕は……」

「これなら殺せる」


 おもむろに突き出されたその腕を、シアは大きく後ろに飛び退くことで避けた。防御や回避はしてこなかったのに、避けたのだ。それだけの脅威をリリアの腕から感じていた。

 そしてそのシアの直感が正しかったことは直後に証明された。リリアがその腕で壁に触れた途端に、その部分が砂のように崩れ去ったのだ。もし直接触れられればどうなるかわからないほどシアはバカではない。


「クハハ……怖いねぇ、その腕。まるで化け物じゃないか」

「化け物……化け物か。お前を殺せるなら、オレは化け物でいいよ」

「怖いなぁ。でも、それほどの力……いったいどれほどの時間維持できるの?」

「…………」


 リリアの腕の力は確かに脅威だ。しかし、それも触れられればの話。【死姉】を維持することに力を使い過ぎているせいか、リリア動きは先ほどまでよりも緩慢になっている。ならばシアの取る手段は一つだけだ。力が切れるまで距離を保ち続ける。それだけでリリアは勝手にガス欠になって倒れるのだから。


「五分かな、それとも一分かな。長い時間維持するのは難しいはずだよ」


 【死姉】の力はこうして話している間にもずっとリリアの姉力を吸い続けている。シアの言う通り長い時間保たせることはできないだろう。それでもリリアにとっては関係のないことだった。


「近づいてこないなら……近づかせる」

「?」


 リリアがシアに向けて手を伸ばし、ゆっくりとふる。ただそれだけの行動。その行動の意味がわからなかったシアは首を傾げるが、その次の瞬間にリリアが目の前に現れる。


「っ!?」


 確かに離れた位置にいた。動きにも注意を払っていた。リリアがしたのはただ腕を振っただけだ。急な出来事に目を白黒させたシアはしかし、魔物らしい驚異的な反応速度で再び飛び退く。しかし、再びリリアが腕を振ったその瞬間、またも目の前に現れるリリア。


「どうやってそんな速度で移動をっ!」

「移動? 移動してるのはそっちだよ」

「何を言って——」


 その言葉の途中でシアは気付いた。リリアが先ほどまでいた位置からほとんど動いていないということに。動いたのは、シアの方だったのだ。


「そんな、どうやって」

「【死姉】による死は絶対。確実に、容赦なく、全てを殺す力。お前が近づいてこないなら……その間の距離を殺すだけ」


 でたらめだ、と叫びたい気持ちをグッと抑えるシア。それどころではないからだ。現実の脅威としてリリアの力は目の前にある。ならば、それに対処することが最優先なのだ。考えることは後でもできるのだから。

 対するリリアはも、時間の経過と共に【死姉】の力をドンドンと把握していた。できること、応用の幅広さに内心驚いていたほどだ。それと同時に、この力の代償についても。


(この力は強すぎる。そして、強い力には代償が付き物……【死姉】の代償は——オレの命。こうしてる今も、姉力と一緒に命が吸われるのを感じる)


 少しづつ体が冷たくなっていくのをリリアは感じていた。吸われれば吸われるほどに【死姉】は力を増し、リリア自身もまた死に近づいていく。しかしそれすらもリリアにはどうでもよいことだった。目的はシアを殺すこと。そのために命を使えというならば、リリアは喜んで差し出す。もはや生きていたい理由などないのだから。

 かろうじてリリアの攻撃を避け続けていたシア。しかし、不意にバランスを崩してしまいリリアに腕を掴まれる。


「さぁ、処刑の時間だ」

「っ! うあぁああああああああっ!!」


 リリアに腕を掴まれた瞬間、シアはまさしく死を感じた。掴まれた場所から伝わる【死姉】の力。それは、死、そのものだ。今まで様々な傷を受けてきた。腕を斬られたこともある、殴られ骨を折られたことも、魔物との争いで噛まれたこともある。熱に燃やされたことも、氷で凍らされたことも、雷に打たれたことも。そのどれにも耐えることができた。しかし、リリアの【死姉】はそのどれとも違うかった。反射的に【治癒魔法】を使ったシアだったが、効果はなかった。

 耐え切れずに叫ぶシア。それを見てもリリアは眉一つ動かすことなく、さらに命を削りながら【死姉】の力を高めるのだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■□


「リリア……」


 シアと戦い続けるリリアの姿をイルはただ見ていることしか。できなかった。戦いの余波に巻き込まれないよう、部屋の隅へと移動し、もはや完全に冷たくなってしまったハルトの体を無意識に抱きしめる。

 リリアは全力で戦っていた。獣のように。まるで何かを必死に忘れ去ろうとしているかのように。

 鬼神の如き戦いだとイルは思った。ハルト、イル、そしてリオンが力を合わせてようやく傷を負わせることに成功しただけだった。その傷もあっさり治されてしまったが。しかしリリアは違う。一人でシアを圧倒している。あれはもはや戦いではない、暴力だ。ただ感情をぶつけるだけの暴力。

 しかしシアもただやられているわけではない。【治癒魔法】を使いつつ、リリアになんとか反撃をしている。いつまでも、際限なく続くかに思われた戦い。その状況は不意に変わった。


「これより、【死姉】を執行する」


 小さな声であったというのに、確かにイルにはリリアがそう言ったのが聞こえた。それの意味することはわからなかったが、その後すぐに理解する。リリアの右腕がどす黒く染まったからだ。それを見たイルは全身に怖気が走るのを感じた。

 この世の負を集めきったかのような、見ているだけでわかる。あれは良くない力だということが。


「リリア……お前、何して……」


 イルでもわかるのだ、リリアにわからないはずがない。しかしリリアは構うことなくシアと戦い続ける。イルにはわかった。その力が強大な力と引き換えに代償を求めるものであるということが。


「止めないと」


 そう思ったイルだったが、途中で止まってしまう。どうやって止めろというのか。今のイルには魔力は残っておらず、イルの言葉ではリリアには届かない。リリアに言葉を届けることができるであろう唯一の人物であるハルトは……すでに死んでいる。


「どうしたら……」


 このままではきっとシアだけではない、リリアまで死んでしまう。そうわかっていてもできることがない。それが悔しくてしょうがなかった。その直後のことだ。ハルトの体が突然燃え上がったのだ。


「うわっ! あつ……熱く……ない?」


 ハルトをそのうえでに抱いたままだったイルはその炎をまともにくらってしまうが、すぐにその炎が熱くないということに気付く。


「温かい……」


 ハルトの体から溢れる炎は、温かく、触れているだけで心まで温められているような気になった。


「なんだこれ?」


 炎はハルトの全身を包み込み、やがて一点に、シアによって貫かれた傷に集中し、そしてゆっくりと傷が塞がり始める。


「ハルトの傷が……」


 炎が収まる頃には完全に傷は塞がり切っていた。そして、先ほどまでは冷たかったハルトの体に熱が戻っている。


「ん……」

「ハルト!? おい、ハルト、大丈夫なのか!」

「イル……さん……?」

「ハルトォッ!!」


 ゆっくりと目を開けたハルトはまだ完全に開いてはいない瞳でイルの事を見る。ハルトが目を開き、言葉を発したことで生きているということを完全に認識したイルは感極まって思わず抱き着いてしまう。


「わ、ちょ、イルさん!」

「このバカ! バカバカバカ野郎!」

『喚くのはその辺にしておくのじゃ。今はそれどころではなかろう』

「そ、そうだよ。早く姉さんを止めないと」


 そう言ってハルトは立ち上がり、シアと戦い続けているリリアのことを見る。悲しみをぶつけるようにリリアは黒くなった腕を振り続けている。その余波で周囲にまで影響が出始めている。

 今のリリアにはハルトのことすら見えていない。


「どうやって止めるんだよ!」

「大丈夫だよイルさん。ボクならできるから」

『ふふん、妾と主様の力を舐めるでないぞ。たかだか十数年生きた程度の小童、容易く止めてみせようぞ』

「うん。行くよ、リオン!」


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