第80話 怒りの矛先
リリアとシアの戦いは、一方的なものだった。リリアはシアの反撃を許さなかった。体の感覚がドンドン鋭くなっていくのをリリアは感じていた。それに伴って、リリアの目にはシアのことしか映らなくなっていく。目の前の敵を、どうやって壊すかということにだけ意識が集中していく。ハルトとイルのことすら、意識から消えていく。
しかし、どれほど攻撃しても目の前の敵が倒れることはなかった。そのことがリリアの苛立ちを助長させる。
(壊れない……死なない……どうして?)
足を圧し折る、回復される。右腕を切り落とす、繋がれる。目を潰す、気にせず反撃してくる。壊しても壊しても壊しても、どれほどリリアが攻撃を加えようともシアは【治癒魔法】の力を最大限に利用して立ち上がってくる。致命となる一撃は確実に避けて、それ以外は【治癒魔法】で治して無理やり動かすという戦法とも言えない戦法。しかし、今のリリアにとって時間を稼がれるということは決して良いことではなかった。リリアの姉力は有限なのだから。シアがあとどれほど【治癒魔法】を行使できるのか、もうすぐ尽きるのかまだまだ使えるのか。もしシアの魔力残量が多かった場合、リリアは遠からず負ける。それほどの勢いでリリアは姉力を消費していた。
(壊す……そう、壊さないと。こいつを。でもどうして? こいつが殺したから。殺した? 誰を? こいつは誰を殺した? ……いや、関係ない。こいつを壊して、殺す。それだけ。それだけでいい。もう、それ以外のなにもかもどうだっていい)
「殺す殺す殺すぅ! オレが、お前を殺すんだぁ!」
「アハハハハハハハ!! それがあなたの本性ですかリリアさん、とんだ殺戮マシーンじゃないですか。ワタシじゃなかったらもうすでに十回以上死んでますよ。それなのにまだ満足してない。ワタシを殺すまで止まらないって言うんですかあなたはぁ!」
「黙れ黙れ黙れぇ!」
「そうやって現実から目を背けて。ワタシを殺した先に待っているものだって絶望しか無いっていうのに!」
「黙って、オレに、殺されてろぉ!」
「お断りです。ワタシとどっちが先に力尽きるか……楽しい勝負といこうじゃありませんかぁ!」
リリアに骨を砕かれ、切り裂かれながらも笑顔を浮かべ続け、反撃してくるシア。シアのことを追い詰めながらも、あともう一手が足りずに怒りの形相を浮かべるリリア。
「守れなかったことがそんなに悔しいんですかぁ! 無様ですね、情けないですね。そうやって喚いても、戻るものなどなにもないのに!」
(守る? ……誰を? 誰を守ろうとして……っ)
思い出そうとした瞬間、頭に鋭い痛みが走りそれ以上考えることを拒絶する。
「……もういい。これ以上お前の戯言に付き合う気はない。お前が殺しても死なないっていなら、どれほど攻撃しても回復するなら……一撃だ。一撃で終わらせる」
「一撃? そんなこと《賢者》の使う【極大魔法】でもない限り不可能で——っ」
途中で言葉を切ったシアは、そこで初めて驚きと恐怖の感情を浮かべる。リリアの体から溢れ出る強大な力が一転に集中していることに気付き、それが【極大魔法】と同等の力を秘めているということがわかったから。
「あなた、何をしようとして」
「言っただろう。壊す、殺す消す。塵の一つもこの世に残せると思うなよ」
回復され続けるのなら、回復しきれないほどのダメージを一撃で与えてしまえばいいとリリアは考えた。そしてその答えはリリアの職業が、《姉 (仮)》が教えてくれた。新しいスキルの発現と共に。
そしてリリアはその名を、新しいスキルの名を口にした。
「これより……【死姉】を執行する」
そう呟いたリリアの右腕は、どす黒く染まっていた。
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その頃、ハルトの意識は遠く彼方へと運ばれようとしていた。それはあの世とも言える場所への入り口。大きな門があり、ハルトの前にも多くのヒトが並んでいた。
「はーい、次はあなたですね。えーと、名前はー……あれ、見つからない。ちょっと待ってくださいね」
一人ずつ門をくぐっていくなか、いよいよハルトの順番がやってくる。しかし、門の前にいた羽根を生やしたヒトがハルトの名を見つけることができずに怪訝な顔をする。
ハルトにはなんとなくわかっていた。この門をくぐればもう二度と戻ってこれはしないのだろうと。それでも不思議と抵抗する気にはならなかった。
(あぁそうか……ボク、死んじゃったんだ。イルさん、大丈夫かな。それに……それに、姉さんは)
自分の死に気付いたハルトだったが、真っ先に気にしたのは自らが庇ったイルの事。そして、リリアの事。自分のことを溺愛していたリリアが、どれほど悲しむかということを考えると胸が痛くなる。しかし、できることなど何もないのだ。そう思っていた次の瞬間だった。
不意に、足元が無くなる感覚。
「へ? う、うわぁあああああああっ!!」
「うぇ、あ、ちょっと! ま、待ってくださーーーい!」
間抜けな声を上げたハルトは突然足元が無くなったことに対応できず、そのまま真下へと落下していく。ハルトの名前を探していた羽根の生えたヒトも慌てた様子でハルトの落ちた穴を覗き、叫ぶ。しかしその声はどんどん遠くなっていく。
「え、ちょっと、これ、どうなってんのさーーーー!」
高所から落とされた時の独特の浮遊感。涙目になりながらもハルトはどうすることもできずにただただ落ちていく。深く、深くへと。やがて周囲の景色が変化しはじめる。
青い空から、暗い空間へと。ただただ暗い空間。いるだけでうすら寒くなっていくような場所だ。
しかしその暗い空間の中に、多くの気配があることをハルトは感じた。その気配は、まるで観察するかのようにハルトのことを見ている。
いくつかの層のようなものを超えた途端に、気配は無くなり落ちていくスピードが徐々に落ち始める。
それからほどなく、最下層と思われる場所に着いたハルトは怯えながらもゆっくりと立ち上がる。
「何……ここ」
周囲に光源のようなものは何もない。だというのに、自分の体ははっきりと見える。そのことがハルトの感じる不気味さを助長していた。
周囲の様子を伺いながら歩いていると、やって来る人影が見える。
「……誰?」
「誰、とは酷いのぉハルトよ」
「え? リ、リオン!?」
そして、ハルトの前にニヤニヤと笑うリオンが姿を現した。
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