第41話 ハルトと奇妙な少女
ダミナ村に来て二日目。ハルトとイルとシアの三人は買い出しへとやって来ていた。ダミナ村には小さいながら市場のような場所があり、肉も魚も野菜もひと通りは手に入れることができる。それを売っているのはほとんどウォルからやって来た商人なのだが。この村にとっては貴重な存在である。
様々な店が並ぶ中で、いつもシアが利用している店があった。
「いつもここで買い物してるのか?」
「うん。二、三日に一回くらいウォルから食料品とか色々持ってきてくれるの」
「ふーん、そうなのか……うわっ! まだ生きてんのかよ!」
イルが並んでいる商品を興味深げに眺めていると、その中にいた魚が勢いよくビチビチと跳ねる。いきなりのことに驚いたイルは思わず大きな声を出してしまう。
「あぁ、この箱には時間停止の魔法がかかってるからね。生きてるやつをこの中に入れれば生きたまま持ってくることだってできるのさ。まぁ、ちょっと値は張るがね」
「へー、そうなのか。すげぇな」
そう言ってイルはおずおずと魚に手を伸ばそうとする。その手をハルトは慌てて掴んで止める。
「あ、ちょっとイルさんダメだよ。魚に触っちゃ。商品なんだから」
「あ、そうか。悪いな」
「いやいや、構わないよ。むしろこんな可愛いお嬢さんに触られたら箔がつくってもんだ」
「オレはお嬢さんじゃ……あー、まぁいいや。それでシア、ここでは何か買うのか?」
「うん。そうだね。これください」
「あいよ。ありがとさん」
母親から渡されたメモを見ながら商品を選ぶシア。すでにいくつかの店で買い物をしており、結構な量になっている。ハルト達がいるということでいつも以上に買う量が増えているらしい。
そして、それを知ったハルトが申し訳ないということで荷物持ちをしている。
「ハルト君大丈夫? 結構な量になっちゃってるけど。いくつか持とうか?」
「ううん。大丈夫だよ。これでもボク最近鍛えてるし」
荷物を持っているのがハルトだけなので、申し訳なくなったシアがハルトにそう申し出る。しかしハルトにも男としての意地がある。荷物持ち程度で音を上げるわけにはいかないとシアの申し出を断る。
今のハルトが持っている荷物の量は普通の大人でもしんどい量に達しようとしていたのだが、ハルトは魔力で体を強化することで足りない筋力を補っていた。
「持たせときゃいいんだよ。ほら、これも追加な」
イルは買った商品をハルトに持たせる。そこにはなんの遠慮もない。
「あ、ちょっとイルちゃん」
「こいつが自分から荷物持ちするって言ったんだから別にいいだろ」
「そういう問題じゃ」
「シアさん大丈夫だって。それにボク、ユナやフブキと一緒に買い物に行った時はだいたい荷物持ちだったし」
ハルトはユナ達と買い物に出かける機会も多かったが、その度に荷物持ちをさせられていた。ユナ曰く、荷物は男が持つものらしい。何年もそうやって過ごしてきたのでハルトにしてみれば荷物を持つのはある意味当たり前のことになっていた。
「うーん、でも無理はしないでね。もしあれだったら私も持つから」
「ありがとう。その時はちゃんと言うよ」
「おい何ちんたらしてんだよ。まだ買うもの残ってんだろ。さっさと行こうぜ」
キョロキョロと周囲の店を見渡しながらイルがハルト達のことをせかす。その様はまるで小さな子供の様でハルト達は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
それからしばらくの間、シアの買い物をしつつイルが興味の惹かれた店を見たりしている間に気付けば昼近くになっていた。
そして若干お腹の空いてきた三人はお昼ご飯代わりにと買った焼き鳥を食べながら椅子に座って休んでいた。
「ねぇもしかしてイルちゃんってあんまり買い物したことないの?」
買い物をしている間、ずっと色んなものを物珍し気に見つめたり手に取ったり、本人は隠しているつもりなのかもしれないが、まったく隠しきれてはいなかった。
「ん、あぁそうだな。実家にいた時は買い物はだいたい使用人がやってたし……あんまり家から出るのは許されてなかったからな」
「そうなの? って、もしかしてイルちゃんっていい所の子なの? 貴族様だったりする?」
「……まぁな。こんな話どうでもいいだろ」
少し話しにくそうな顔をするイルに何か事情があることを察したシアはそれ以上の質問をやめる。
「それよりも、まだ買うもの残ってんだろ。あとなんなんだよ」
「あと残ってるのは……包帯とかだけかな。私の家の診療所で使うための。それくらいだから私が一人で行って買ってくるよ。あ、それともイルちゃんも一緒に行く?」
「……まぁ、ここにいても暇なだけだからな」
「それじゃあ行こっか。じゃあハルト君はここで待っててくれる? すぐに戻って来るから。それまで休んでて。疲れてるだろうし」
「うん、わかったよ。ありがとう」
シアとイルは残った焼き鳥をパパっと食べきり、ハルトを置いて買い物へと向かう。
残されたハルトは太陽があったかいなぁと思いながら、のんびりとご飯を食べる。
「あー、なんだか眠くなってきたかも」
「ふむ、確かにいい天気だしのう」
「へ!?」
「なんじゃそんな驚いたような顔をしよって」
「き、君だれ!?」
突然隣から知らない声がして驚くハルト。バッと隣を見ると、先ほどまでイルが座っていた場所に白髪の少女が座っていた。見た目の年齢はハルトと同じか少し下くらいだ。しかし、どこか老獪な雰囲気をその身に纏っていた。
「人に名を訪ねる時には己から名乗れと習わなんだか?」
「あ、ご、ごめんなさい。えーと、ボクはハルト。ハルト・オーネスです」
「ハルトか。良い名だの。妾は……そうだのぉ、リオンとでも呼んでくれ」
「リオン……さん?」
「さんはいらぬ。かた苦しいのは好きじゃないからの。それでハルトよ、お主はここで何をしておる」
「友達の買い物の手伝いだよ」
「なるほどの」
「リオンは何してるの?」
「そうだのぉ、少し珍しい気配に惹かれて出てきたが……」
リオンはそう言ってハルトに意味ありげな視線を向ける。
「? どうしたの?」
「なんでもない。お主に一つ警告しておいてやろう」
「警告?」
「この村に……良くないものがおるぞ」
「え!?」
「被害に遭う前にこの村から出ることじゃな。もしくは……妾を見つけてみるがよい」
「ちょっと待ってそれってどういう——」
「ではの。お主の友人も戻ってきたようじゃし。妾も立ち去ろう。また会えることを……楽しみにしておるぞ、ハルトよ」
ハルトが詳しく話を聞こうとするが、その前にリアはさっさと立ち去ってしまう。
「あ、ちょっとリオン!」
ハルトが呼び止めても振り返ることはなく、入れ替わるようにしてシア達が戻って来る。
「おまたせハルト君……ハルト君?」
「なにぼさっとしてんだよ。帰るぞ」
「……うん」
イルに急かされて荷物を持つハルト。必要なものをちゃんと買えているかの確認をした後、ハルト達は家へと帰ることになった。何ごともない、平穏な日だ。しかし、ハルトの胸にはリオンに言われたことがしこりのように残り続けていた。
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