第32話 ぶち切れリリア

 ゴブリンキングを倒したリリアは、倒れて気を失っているハルトとタマナの二人を抱えて街にある診療所、治癒士の元まで一気に掛けた。心配でどうしようもないリリアだったが、町の治癒士曰く、見た目ほど酷い怪我ではないらしくすぐに治るし目を覚ますだろうということだった。タマナが魔法が直撃する直前にとっさに防壁を作ったらしく、そのお陰で怪我を抑えられたのだ。

 それを聞いた時、リリアはタマナに感謝の念を抱くと同時に、自らの至らなさを恥じた。自分でゴブリンキングとゴブリンメイジを相手にすると言っておきながらあの様だったのだ。なによりもそれがリリアには許せなかった。もっと早くからあの力を発揮できていればとどれほど後悔したかわからない。

 戦いの途中、爆発的に膨れ上がった姉力も今は落ち着いている。新しく覚えたスキルについても後で考える必要があるとリリアは考えていた。しかし、今のリリアにはそれよりも先にするべきことがあった。

 怪我をしているハルト達を診療所に残し、リリアは町長の元へと向かう。その表情はすれ違う人を怯えさせるほどの怒気に満ちていた。


「とと、止まりなさい!」

「邪魔よ。退きなさい」

「ひっ!」


 町長の家の門兵はやってきたリリアのただならぬ雰囲気に止めようとするが、リリアに一瞥されただけで怯えて引いてしまう。

 そのまま門を通って家の中へと入ったリリアは止めようとするメイドたちのことを無視して町長のダンジのいる執務室へと一直線で向かう。


「おまち、お待ちください!」

「邪魔するわよ」


 そしてリリアは返事を待つことなくザガンのいる執務室の中へと入る。

 そこには案の定ダンジがいた。メイド達が慌てふためく中、ダンジだけがいつも通りの態度を貫く。


「おや、どうしたのかな。さきほどとはずいぶんと雰囲気が違うが……それに、このように礼儀のなってないことをする女性ではないと思っていたのだがね……それとも、それが君の本性かね。君達は下がりなさい」


 そう言ってダンジはメイド達を部屋から退室させる。部屋に残ったのはリリアとダンジだけだ。


「どうしたですって? とぼけるのも大概にしなさい。私達に頼んできたゴブリン討伐の話……ゴブリンキングの存在を知らなかったとは言わせないわよ」

「……確かに、そのような報告も受けていた気がするな。それで、それがどうかしたのかね」

「どうしかしたですって? ゴブリンキングがどれだけ危険な存在か知らないわけじゃないでしょう!」

「うむ。普通の者であれば確かに危険だろうな……しかし、それが何か問題かね。彼は《勇者》だろう?」

「……どういうこと?」

「これから彼が戦わなければならないのはゴブリンキングなど目ではない魔物達の魔王だ。この程度の苦難は乗り越えてもらわなければ困る」

「ふざけ——」

「ふざけてなどいないさ。むしろこの程度で終わってしまうようならそれまでの器だったということだ」

「だとしても、私達にゴブリンキングのことを教えない理由にはならないわ」

「もし教えていたら君はこの依頼を受けたかね?」

「それは……」


 ダンジの問いに言葉を詰まらせるリリア。もし事前にゴブリンキングのことを聞かされていたらどうしたか。ハルトにはまだ早いと判断し、断っていた可能性が高い。というよりも断っていただろう。たとえハルトが何と言ったとしてもだ。

 そして、そんなリリアの考えがダンジにはわかっていた。


「君なら受けなかっただろう。何よりも愛する弟を危険な目に遭わせないために。しかし、それでいいと思っているのかね」

「どういう意味?」

「このままではかの《勇者》は姉の背に隠れたまま成長できないだろうということさ。君がそのように過保護なままではね」

「私はきちんと段階を踏んで成長して欲しいだけよ」

「その成長を魔王軍が待ってくれるといいがな。一つ教えてやろう。最近、魔王軍の動きが活発になっている。新たな《魔王》が誕生したということが大きな要因だろう。そして、その時邪魔者である《勇者》を排除しに来るのは明白だ。果たして君一人でその全てから弟を守りきれるのかね」

「…………」

「今回のことが多少無茶であることは私も理解していたが、それでも必要なことであったと私は思っているよ。たとえ君から恨まれようともね」

「……あなたの考えは理解したわ。ハル君のことを考えてのことだって言うのもわかった。それでも……納得はしないわ」

「結構だとも」

「次は無いわ」

「気を付けておこう」

「そういえば、さっき聞いたわね。ハル君が成長しきるまでハル君を、弟を魔王軍から守りきれるのかって。答えは一つよ。守り切るわ。どんな手段を使ってもね。それじゃあ、突然入ってきた非礼は謝るわ。それと、さっきからこの部屋の中にいる二人にも、覗き見は趣味が悪いって伝えておいて」


 それだけ言い残してリリアはダンジの執務室を後にした。





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 「……まさか気付かれていたとはね。君達、出てきたまえ」


 リリアが部屋から出て行った後、ダンジが何もない空間に向かってそう言うと突然空間が歪み始め、その中から男と女が出てくる。


「こりゃ驚きだな。何もんだあの嬢ちゃんは」

「気配も姿も完璧に消してたはずなのに」

「神殿からの報告ではただの《村人》らしいが……怪しいものだな。君達は彼女達が戦う姿をみていたのだろう? どうだったのかね」

「《勇者》の坊っちゃんならまだまだって感じだな。まぁ初めての実戦ってことを考えたら上出来な方じゃねぇか」

「でもあれじゃまだ魔王軍とは戦えない。姉の方は……」

「ありゃバケモンだ。ゴブリンキングが瞬殺だぜ瞬殺」

「君達でもできないのかね。冒険者ギルドのS級冒険者である君達であっても」


 ダンジの部屋のいた二人はS級冒険者のロウとライの兄妹である。彼らはダンジからの依頼で、もしもの時の為にハルト達に用意されていたいわば保険である。リリアがゴブリンキング達を倒したことによって出番はなかったが。


「ゴブリンキング一匹ならできる。でもゴブリンメイジも他のゴブリンも合わせてだとちょっとしんどい」

「できないとは言わねぇがな」

「なるほど……彼女はそれほどの力を持っていたか」

「いやはや、面白いじゃねーの。強い奴は好きだぜ」

「はぁ……兄さんはいっつもそればっかり」

「なんだよ、わりーか?」

「別に」

「何はともあれ、今後に期待ということだな」


 そう言ってダンジは薄く笑みを浮かべた。

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