第2話 国会議事堂内からの会見

「おっ、もうお昼だ。どっか食いに行くか?超久々に」


 名寄的にはそんな事よりお昼ご飯らしい。自分に関係が無い、他人事であるからだ。僕もそんなに危機感は感じないが、思考は違う。頭だけは「相当な事態では?」と、問題提起をしている。


「ちとまって」


 お昼休憩を取る前に、とりあえずもう少しだけ情報を取っておきたい。心配性だからかもしれないが、国に何か起こると少なくとも十分じっぷんは情報収集に使用してしまう。

 正午という事は、内閣官房長官による午前の定例記者会見が終わっているのは確実だ。もっと正確な情報が得られるかもしれない。東京テレビのYouTubeチャンネルで、定例記者会見は生放送されている。そのアーカイブを辿れば……あった。


「お、須賀さんじゃん」


 動画の顔であるサムネイルを見て、名寄が言った。サムネイルには、お馴染みの会見会場と記者の目を見ているであろう須賀官房長官が写っていた。

 再生ボタンを押す。まだ会場に須賀官房長官の姿が無い。三、四十秒程飛ばすと、丁度、豪華な菊の御門を付けた須賀官房長官が一礼をしていた。直ぐ後ろにいる名寄にも聞こえるように、イヤホンを外してスピーカー出力をオンにした。

 軽く咳払いをした後に、須賀官房長官が話を始めた。


「えー、読み上げが一件あります。既にご周知の通り、国会議事堂がデモ隊により包囲されております。しかし、現在行われている包囲は、警視庁に届けられた、申請書の内容を違反しており、不法なものであります。こうした行動は、デモ行為ではなく犯罪行為に当たり、日本の民主主義を象徴するとも言える議事堂を不法包囲する事は、日本国としては誠に遺憾であります。そして、即座に少なくとも出入口は通行の妨げになる事から、解放して下さるようお願い申し上げます。私からは以上です」


 須賀官房長官は顔を上げ、記者の質問に入った。


「こりゃひでぇな。まあいいや。早く外行こうぜ。腹減った」

「あ、ああ。そうだね」


 パソコンをスリープにして、デスクを後にした。ビルの中も外も、平常運行であった。

 国会議事堂が包囲されようが、都バスは止まらないし人の流れも止まる筈がない。二度に渡る外出自粛要請が全面解除されて、一夜明けたのが今日だからか、ここ秋葉原は平日ではありえない賑わいようを見せていた。

 記者の質問とその回答がどんなものか気になったので、信号で止まったりした時に隙を見てスマホ画面に食い付いていた。


旭日あさひ新聞の森下です。国会包囲の件でお伺いします。デモ隊と警察は衝突したのでしょうか?また、現時点でのデモ隊の死傷者は何名出たのでしょうか?加えて、この包囲はそもそも国会で憲法改正の発議にて強行的に可決させたのが原因と思われますが、如何お考えでしょうか?」

「えー、デモ隊と警察が衝突した、警察が検挙に動いた等の報告は現在のところありません。ですので、デモ隊の死傷者も確認しておりません。デモの原因になりますが、警視庁の届け出によると「憲法改正反対を訴えるデモ行進」とのことです。そして、憲法改正の議員投票につきましては、絶対に、強行可決を行ってはおりませんし、そのような事を内閣が指示出来るわけでもありません。誓って、強行可決は起こっていないと申し上げます。強く、強く否定致します」


 シャッター音が激しく鳴る。暫く鳴り止まなかった。

 名寄に背中を押されたため、直ぐに視聴を止め歩を進めた。勿論、左右、後方確認も怠らずに。

 相変わらず、旭日新聞社の態度は偉そうだ。質問も、衝突が起こったのかと聞いているのにも関わらず、あたかも既にデモ隊の方は被害を受けているかのようなものだった。しかも、根拠のない事をわざわざ付け加える。

 日本政府も、民主主義を冒涜したのだろ?と聞かれれば、あのように強気に否定せざるを得ない。すると、あの新聞社は須賀官房長官が焦った等、言葉巧みに報道するのだろう。


「どうした、そんな気難しい顔して」

「いや……何でもない」

「そっか。今日は麺類でも行くか」


 社会の嫌な事ばかり見ていては、鬱になる。

 咄嗟に、「麺類」で連想した。ラーメン、パスタ、そば、うどん……それぞれの麺の種類毎に好きな特定のお店も浮かんできて、おなかがどんどん空いてくる。


「あー、なんか考え事ばっかしてたら腹減ってきたわ」


 無意識にしていたしかめっ面を止めた。

 すると、一気に視界が開ける。しかめっ面は、視野を狭くするのか。


「国会包囲でかな?警察多いね」


 丁度、名寄と同じ事を思った。秋葉原は、他と比べて普段の警官の量が多いが、今日は凄まじい。何処に目を向けても、深い青色の防弾チョッキで膨らんだ体が目に入る。


「ラーメンでいっか。線路の向こう側にあるよな?」

「賛成」


 まあどうせ、機動隊が動けば自然と解消される。

 僕達は、国の心配をするよりも先に、早く昼飯を食べて会社に戻り仕事する事を考えなくてはならない。

 ビルに掲げられた広告から発展したくだらない話をしつつ、ラーメンと言ったら、という連想で僕と名寄で一致する店へと向かった。


「間もなく、総理大臣による緊急記者会見が行われます」


 大きなモニターから、割と有名なニュースキャスターの声が流れていた。しかし、画面に映るのはいつもの会見場ではなかった。

 思わず足を止めた。その直後、この国の事実上の長である安部内閣総理大臣が現れた。記者団が一気にシャッターを下ろす為、その音が画面から溢れ出てきた。


「国会議事堂から出られない為、このような場所で会見を開く事になりました。先ず、これに関してお詫び申し上げたいと思います」


 モニターの前はざわめきで埋め尽くされた。名寄は僕が止まった事に気付いたようだが、あえて僕に口を出さずに留まってくれた。

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