7日目 早口の店員

 彼曰く、ラスボス攻略法:店員の言葉に耳を澄ませる。


 ***


 GW中ひそかに行っていた行列店の予約チャレンジ。

 店に入って目的にありつくまで誰も楽しめない、ただ朝起きるのがつらいだけのこのチャレンジに、私はこの4日間ほど挑戦し続けていた。初めは行ってみたいと言っていた先輩のためだったけれど、3回目からはもう意地だった。

 誰のためでもない、ただ私が満足するためだけに朝起きては蛇のように店から伸びる行列の最後に付き従った。


 またかと思った2回目、もう無理な気がすると諦めかけた3回目。

 そして今日の4回目。念のためとかけた6時半の目覚ましが鳴るよりも早く、自然と目が覚めて起き上がったのはもはや奇跡としか思えなかった。天啓、神からの思し召しとしか思えない。

 ちょうど今読んでいる小説『春夏秋冬代行者 春の舞』にて、季節を呼び込むという奇跡の力を神から授かった血族の末裔たちのお話を楽しんでいる。ついに私にも春が来たということだろいうか、ああ神様!

 神もイエスも信じ崇めているわけではないけど、ついつい讃唱してしまう。私にとっての春がやってきたと、喜びの舞に耽ってしまうほどに嬉しかった。もちろん心の中での舞だけれど。


 そんなこんなで私を待ち構えてくれていた店員さん。とっても早口でした。

 ただそれを聞くだけの身としては面白いばかりだったけれど、よく考えたら納得いくところもあるのです。これから何十人、何百人という人の予約をさばいて、店の扉を開けておもてなししなくてはならないのだから。しかも今のところ年中無休で連日行列を作るほどの人気店。丁寧にゆっくり説明していては時間が圧倒的に足りないのだ。

 何度も繰り返して覚えきっているのだろう。私が人数と希望の時間を伝えるのと、注意点への返事をしたくらいのほんの数言しか発していないのに、その数倍の文字量を一度も噛むことなく言い切る店員さん。思わず敬礼したくなりました。このプロ精神、仮に違う店員さんだったとしてもすらすらと言えるのかもしれない。朝イチで早口言葉でも唱和しているのだろうか。そんな疑問が浮かんでしまうほど、早口のわりに何を言っているかは聞き取れました。話すのが苦手な私にはできない芸当だ。


 ときどき早口過ぎて何を言っているのかわからない人もいるけれど、彼らにこの人を見習ってほしいと切に思う。確かに早口での対応はあまり丁寧には見られないかもしれない。私は若いからいいとしても、聴力に衰えを感じ始める人や日本語覚えたての外国人にはかなり難しいだろう。世界的に難しいと言われる日本語でさらに早口になってしまうとなれば、聞いた瞬間にクエスチョン。薩摩弁くらい突拍子もない展開に思えるに違いない。

 しかし早口は早口でも、はっきりと一音一語を話してくれれば、何を言いたいのか、どういう注意なのか、何を聞いているのかくらいはわかるだろう。多少の訓練は必要かもしれない。

 朝起きてからの眠い頭だとさらに聞き取りに何を感じることもあるかも。そうならないように、しっかりと早起きしてから行列に並ぶつもりでいるのがいいでしょう。


 私が今回チャレンジし続けて、5回目の訪問となる「挽肉と米」とはそういう店です。予約を取るのは難しいですが、ぜひ訪れてみてほしいお店の一つです。

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