23日目 『同志少女よ、敵を撃て』感想
彼曰く、戦いたいのか、死にたいのか。
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『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬
アガサ・クリスティー賞を受賞した長編小説。
第二次世界大戦の独ソ戦を舞台にしたシスターフッド小説をここまでの濃度で書き切っているのがデビュー作と聞いて、読まずにはいられなかった。
少女セラフィマは、故郷であるイワノフスカヤ村で静かに暮らしていたが、狩りからの帰り道、村に異変が起きていることに気付く。
世界は戦争の狭間。揺れ動く政治や経済に国民があえぐ中、社会主義の頂点に達したソ連。その中の小さな農村にも戦争の火種は当たり前のように流れ込んできた。
数十人しかいない村はあっという間にナチ・ドイツ軍隊に制圧され、村人はパルチザンとして弾圧されていた。大人も子供も関係なく、銃をこめかみに突き付けられ、喉元に銃剣を押し当てられている。
家族のように一緒に過ごした村人を守るため、母エカチェリーナは銃を構えた。
高々と、牧歌的な村に轟く異質な金属音。
凶弾がまき散らす血は、セラフィマの目の前で弾けた。撃ったのは母ではなかったのだ。
目の前で最愛の母がこと切れた後、当然のように母を引きずり、セラフィマを立ち上げて村に戻ったドイツ兵たちは、彼女を犯そうと下卑た声を上げた。
セラフィマは死を悟った。足元に無造作に転がった村の家族たちの死体に囲まれて、村に来た公共演劇団の演劇を思い出していた。
互いの塹壕で兵士たちがにらみ合うなか、戦争を回避するためにサボタージュを提案した一人のソ連兵が伝書鳩でドイツ兵とやり取りし、戦争終結をもくろんだ。彼に同調する兵士たち。それを弾圧し戦線を進めようとする将校はそのソ連兵を敵の目標にさせるため、塹壕から飛び出させる。
「撃たないぞ、同志!」
ドイツ軍の戦火に巻き込まれると思われたソ連兵は、鳩を受け取っていたドイツ兵に抱きとめられた。彼は塹壕を越えて敵国の兵士を救ったのだ。
その後互いに革命を誓って別れる二人に、セラフィマは涙した。
外交官を志すきっかけとなった感動的な演劇。演劇はしょせん、演劇だったのだ。
学校で覚えたドイツ語のせいで、村に攻め込んできた敵兵が自分にこれからすることを理解してしまった彼女は命乞いをした。
直後、ドイツ兵は敵襲に驚き、狙撃兵一人を除いて瓦解する。
現れたソ連赤軍によって助けられたセラフィマは、拷問を受けた体のまま、家に入った女性兵に詰問される。
「お前は戦いたいか、死にたいか」
同志であるはずの赤軍、しかも同じ女性から向けられた二択の質問。
自分が育った家も、笑い合った村人も、誰もかれもを失った彼女が「死にたい」と答えると、女性兵は家にあるものを片っ端から壊し始めた。思い出のつまった皿やカップ。そして家と母の死体には火を放った。
問答無用なその態度に当惑しながらも、激高し噛みつかんとする勢いのセラフィマに対し、唯一残った家族写真を投げ捨てた女性兵は再び問う。
「戦うのか、死ぬのか!」
「殺す!」
嘘も建前もない、本心の気持ちを引き出したセラフィマは、その望みを叶えるべく生きる道を選んだ。
女性狙撃兵イリーナを、いつの日か殺すために―――。
導入としてはこんなものでしょうか。戦争の背後にいたであろう一人の少女を主人公にして、成長譚として進んでいくストーリー。大好物です。
作品に深みがあるのはやはり取材や参考文献の数がものを言うのだろうか。
年末に読んだ『テスカトリポカ』でも感じたことだけど、現代に即した物語を展開するときに実際に起きた事件や出来事を取り入れながら、新しい物語の文脈に入れ込む手法は説得力を持たせるためにとても有用。
なんというか、すごみが違う。言葉にこもる重みが違う。
セラフィマが所属することになる女性狙撃兵訓練学校も、実際にソ連に建設されたものだし、スターリングラード市街戦やセヴァストーポリ要塞戦も史実に基づく戦闘だ。
くわえて、リュドミラ・パヴリチェンコの存在。第二次世界大戦以前から狙撃兵として前線投入され、セヴァストーポリ要塞のドイツ包囲網の一時打開に貢献するなど輝かしい戦績を残した実在の女性兵。確認戦果309名。女性スナイパーとしては史上最高と言われている。
彼女の戦友としてイリーナを据え、自然な形で現実と虚構を織り交ぜて進んでいくストーリーは歴史そのもの。まるで世界史の数ページを読んでいるように映像が脳に浮かび上がりました。
もちろん私は戦争を経験していない、平和そのものの時代に生まれている。戦争の過去なんて歴史の授業でしか知らないし、身をもって知っている親戚はみな先立って聞く相手もいない。思い浮かぶ映像も想像の範囲でしかなく、見聞きした映画ドラマやアニメなどの描写を渉猟してアレンジものでしかない。現実にあった戦争の地獄、街の凄惨な姿、はじけ飛ぶ仲間の身体も色よく持ち上げられたものに過ぎない。
けれどその描写でも十分に当時の惨状に感じ入ることができていると思えるくらいに、素晴らしい筆致と説得力がこの小説にはあった。
ドイツ軍に攻め込まれたことによるロシア軍の現状、それに翻弄される形で次々と戦地へ赴くことになるセラフィマと狙撃兵旅団第三九独立小隊の仲間たち。
戦争を前に様々な決断を迫られる少女たちの姿をリアルに描き切っている。彼女の怒り、逡巡、哀切、慟哭、愛が、戦争の悲惨さをより浮き彫りにしている。
読み応えのある戦争小説の中に女性問題や差別問題などのエッセンスを入れ込みつつ、本題である「生きるとは何か」という問いを常に突きつけてくる。長編小説だからこそ感じる冗長さはあるものの、集中力が続く間は戦渦のいち民衆を体感することができた気がする。
最後のオチまで読んで、愛にあふれた作品だということに気付きました。
読んで後悔はないですね、炊きつけられるような興奮を感じられて、一つの歴史を終えたような爽快感があります。
特に好きなのはスターリングラード市街戦。マクシム隊長が自分の家で失った家族と息子のようにかわいがったユリアンを想いながら散っていくシーン、自前の想像ですが感動的な映像でした。
こういうの、ほかにも読んでみたいですね。
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