3日目 Arc

彼曰く、永遠の命を手にした彼女は…


 ***


『Arc』

観てきました。

会社の人と3人で、半分ノリで。


 +++


プラスティネーション、という、死後の遺体保存のための新しい形。

その人の経験、仕事、老後。

生き方を形として残すため、遺体が腐敗しないよう独自の技術を使う。

遺族や本人の遺志を尊重して、残された体に命を吹き込むように、姿勢を定め、整える。


その様はまるで銀の踊り子。

今にも動き出しそうな躍動感にあふれている。

突き出した指先は指の一本に至るまでゆがみなく、きれいに伸びた脚はこれからどのような歩みを見せてくれるのかという期待と興奮がある。

何かをこらえるように抱え込まれた左腕、曲がった背中。

息があればこれからも素晴らしい踊りを見せてくれるであろうという歓喜。


 ああ、やはり私の娘は美しい

 きっとこれからも世界を驚かすほどの踊りを見せて、いや魅せてくれる

 誰よりも美しく、感情豊かに、飛び跳ね、しなり、のびる

 ああ、生きてさえいれば…


バレエで有名になった娘を早くに亡くしていたら、きっとそんなセリフが浮かんでいただろうな。

もしかしたら主人公・リナもその遺体を施術したのかもしれない。


人を生きたまま保存する。

この作品で語られるのは既存の技術での限界であろう仮死状態とは違う。

仮死状態は意識のない状態で、死んだように見えるだけ。

実際には適切な処置を施せば意識を回復する余地のある状態のこと。

一方でプラスティネーションは、意識を完全に失った状態に処置を施し、体を腐らせることなくそのまま保存する全く新しい技術。

その二つを融合させ、進化させることで、生きたまま、体を衰えさせることなく保存する技術を作り出した。


まさに古来より人類が夢見てきた”不老不死”の誕生。

その初めの一人になるのが、リナだった。


リナは長い時間を生きた。

他の人がゆっくりと老いを重ねていくのに、自分は若いころの容姿のまま。

ただ一人の成功者として、文字通り多くの人と出会う。

愛する人、師匠、同僚、会社を見学に来た人、会社の成功を祝うパーティの参加者、プラスティネーションを受け入れた人、拒んだ人。

そして新たな家族と、出会うはずのなかった子。


人の死を遠ざけることは、生きる時間を増やし、多くの人の希望となれることだと思う。

そういう存在がいることで、私たちはこの世界に希望を見出すことができる。

ある種、特殊な存在としてリナは世界から見られていた。

しかし彼女が130年以上を生きる中で感じたことは、たくさん生きることで私だけが置いて行かれている感覚。

同じ人間なのに、他の人とは違う存在になってしまった喪失感と虚無感。

不老不死にならなければ感じていなかっただろう。


そしてそれは、とても尊いものだったのだ。

大切だった人、大切にしたかった人との別れはいつ来るのかわからない。

死は生きているものに平等にやってくる。

抵抗することは無駄ではないけれど、死を認めないこととは違う。

同じ別れを感じるなら、せめて長く一緒に時間を過ごしたい。

たとえ不老不死になろうと、寂しさを埋める感情は同じなのだ。


 +++


初めのダンスから、「あ、これは言葉じゃなくて感情で理解しないといけない作品だな」と感じました。

全体的にすごく静かな感じで、一人の女性のちょっと長い人生を追っていくドキュメンタリーの様な雰囲気。

30歳まではカラーで描かれますが、その後の70代くらいの描写がモノクロになり、ハンディカメラで撮ったようなブレが多くなる。

画面の調子を感情の揺らぎにしているんだろうなと思います。

その後も静かなトーンで進んでいくので、人によっては飽きが来るかも。

正直、途中一瞬寝てしまいました。


あとで知ったことですが、SFの範疇らしいですね。

一緒に見に行った先輩が教えてくれましたが、いわゆるSFっぽさはなく、ドキュメンタリーと言ったように、もっとジャーナリズムな印象でした。

話の展開としても激しく波が上下するわけではなく、ゆっくり進んでいくのは、もしかしたら主人公の感覚を踏襲しているのかもしれません。

面白い試みではありますが、私にはちょっと弱いかな。


先輩の一人が言うには「予告編はもっとサスペンスっぽい感じなのかと思った」とのことで、こんな展開とは思っていなかったそうな。

私は予告も何も見ず、事前知識のない状態だったので腑に落ちやすかったのかもしれません。

予告なしで観るの、正直怖かったですが、案外うまく作用することもあるみたいですね。

今後も使っていきたい小技です。

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