13日目 早上がり

彼曰く、たまにはこんな日があってもいいじゃない。


月曜日。

週の始まりの日であり、

それはつまり仕事の日々がやってくるという合図でもあります。

高らかな鐘の音で目を覚まし、

新たに始まる5連勤に想いを馳せます。


また働かないといけないのかぁ。


出来ればやりたいことだけやっていたい。

やりたくないことはやりたくないし、

面倒ごとは極力避けて通りたい。

石橋を叩くだけ叩いてみるけど、

やっぱり怖いので自分で作ったボートで川を渡るタイプです。

本音を言えばワープで目的地まで行きたいところですが、

そんな魔法も科学技術もない世界ということは、

数十年生きて十分に認知しています。

それこそこのところの湿度で苔が生えるくらいには。

妄想ばかりが未来化して、

私たち自身はいまだに旧時代です。

未来型何でも出してくれる便利ロボットの登場はまだでしょうか。

もし叶うなら、

1つだけ願いをかなえるだけでいいから、

私の前に現れてほしい。

そして代わりに働きに出てほしい。

和菓子は私も好きだから。


相変わらずじめっとした空気に包まれながら、

朝から叶いもしない妄想をして出社します。

毎日に刺激がないわけではないのですが、

どうしても劇的な変化のない日常が続くと、

思考力も停滞して、打ち止めになるまで時間がかかります。

見た目は成長していても、

考えることは学生のソレ。

停滞どころか退化してしまっています。

昔の私の理想像がこれだったとしたら、

まず間違いなく止めていたでしょうね。

当時のやる気に満ち溢れた私自身が。

堕落の極致にまで落ちることのないように、

みなぎる野心と情熱を引き合いに出して、

無理難題に挑む姿勢に矯正していましたからね。


その結果として今の私があるわけですから、

世の中分かったものではありませんが。

生きているだけ、儲けものです。

万々歳です。

周りに誰もいませんし、

頭の上で両手を掲げてパチパチパチ。

誰に向けてでもなく、

私自身に向けて。

毎日毎日お疲れ様。

頑張っている君には、

きっと近いうちにいいことがあるでしょう。

その日が来るまでもうひと踏ん張り。

今日という1日もいいものにしましょう。

初めて訪れた神社の前で、

天高く、見えないところにいるであろう神様に向け、

空を見上げたあの頃のように。

頭上高く広げた手を、

柏手を打つつもりで打ち鳴らします。


「終わった…」


午後。

夕暮れまでの時間が長くなり、

空の青さがまだ残っている頃。

衝撃の事件が起きました。

本日のノルマが終了したのです。


何ということでしょう。


何か悪いこと、いえ、良いことでもしたでしょうか?

正直のところ覚えがありません。

いつも通りにタスクを整理して、

普段通りの業務をこなし、

通常通りに依頼や打ち合わせをしたり、

想定通りに注意や叱責を食らったり、

さして特別なこともなく、

労働時間の範疇でできることが終わってしまいました。

たしかに暇と言えば暇な毎日がこのところの日常でしたが、

これほど早く終わることはなかなかに珍しい。

進捗の都合上、

夜になっても会社に残る必要はありませんし、

わざわざ残業時間を使ってまで残るほど会社にいたいわけでもありません。

つまり今日の私はお役御免と言うわけですね。


ということはもう私は帰れるのでは?

規定労働時間までまだありますけど、

これ、帰れてしまうのでは?

神様は私のことを見ていてくれたのでしょうか?

朝のお祈りとも呼べない、

子供じみた、子供だましのような、

大げさすぎる戯言が届いたというのでしょうか?

世の中の情勢も分かりませんが、

神様の考えも分かりません。

ただお金をもらうだけの御仁に考えなんてないのでしょうが、

いると思うだけで安らぎを与えてくれるのだから、

お金を払ってでも感謝しておきたいものです。

財布にいくらあったかしら?


そんなこんなで今日は早期退社をさせていただきます。

「お先に失礼しまーす」

俗にいう早上がりですね。

先輩たちや同僚たち、新人たちには申し訳ないですが、

これも神の思し召しですから。

上司には「たまには早く上がれる日があってもいいじゃない」

と言われて、ある意味言質を取っていますから。

言葉通り、本日はお先に上がらせていただきますよって。

どうもすみませんね。

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