おっさん隊長と眼鏡女子な整備兵 -ウォリアーズ・グラフィティ-
オリーブドラブ
おっさん隊長と眼鏡女子な整備兵 -ウォリアーズ・グラフィティ-
格納庫に立ち並ぶ、3機の巨大兵器。それらは地球侵略を目論む異星人の軍勢を退け、この星に平和を取り戻した栄光のスーパーロボット達だ。
そのうちの1機――中央に聳え立つ巨人を、1人の女性が仰いでいる。
油塗れの作業着に、野暮ったい眼鏡。セミロングに切り揃えられた黒髪と、優しげな垂れ目。化粧などという概念とは無縁な、すっぴんの貌。
一見すれば、地味な女性メカニックそのもの。だが、その作業着の下には――グラビアアイドル顔負けのプロポーションと、珠のような柔肌が隠されているのだ。
「カッコいい、なぁ」
勤続3年目を迎えていながら、年齢=彼氏いない歴を更新し続けている彼女は――この歳になって、女子中学生のように可憐な貌で頬を染めていた。
格納庫の中央に立つ、ずんぐりとした4頭身の巨人。全身を緑一色に塗装されたその機体は、隅々に至るまで重火器で固めている。
ヒュウガ
否。彼女はヘッジホッグだけではなく、そのパイロットにも熱い視線を注いでいたのだ。
理音の眼前に聳え立つ、緑の巨人。そのコクピットから身を乗り出し、両脇の2機を操縦していた部下達と、真剣な貌で語らう1人の男。
駆動小隊の隊長を務める、
今日の訓練を終えた彼と一緒に居るのは、2番機「グロリアス・ヴェンデッタ」に搭乗する
どちらも先の宇宙戦争で一躍名を上げた、新進気鋭のエースだ。到底、一介の整備兵がお近づきになれるような相手ではない。ましてや隊長である憲次とは、話すことすら憚られる。
故に理音は、人生初ともいうべき熱烈な恋情を――豊満な胸の奥に仕舞い込むしかないのであった。
周囲の同僚達が訓練後の整備で駆け回っているというのに、ボーッと突っ立っていては悪目立ちしてしまう。彼女は我に帰ると、恥じらうように顔を背けながら、そそくさと作業に戻って行った。
「だから次の訓練では、この角度から牽制射撃を……おい隊長、何ボサッとしてやがんだ」
「あぁ……いや、何でもない」
「……そうは見えんがね」
気心の知れた部下である黒髪の美青年と、スレンダーな美女が目を細める中。そんな整備兵の背を、当の憲次が神妙に見つめていたことなど知る由もなく。
◇
尾倉理音にとって、蒲生憲次は憧れだった。
部下達を率いて侵略者達と戦い、地球を、自分達を守り抜いてくれた防衛軍きっての精鋭。何十人という整備班の一員として、幾度となく彼の出撃を見送ってきた彼女は――見た目以上に逞しいその背に、どうしようもなく惹かれていたのである。
強く優秀な遺伝子を求める、1人の女として。
しかし、いつも憲次とつるんでいる年配の整備班長とは違い、
それは異星人との戦争が終わり、数週間が過ぎた今でも変わることはなく――理音の胸中では「諦めるべき」という理性と、「求めるべき」という本能の鬩ぎ合いが続いている。
「いや、あんなムサいおっさんなんかやめといた方がいいでしょ絶対。そりゃあ強いし隊長だし、頼りになるってのも分かるけどさぁ……理音のンナァィッスバァディなら、もっとマシな相手探せるってガチで。そこだけはあたしが保証する」
「そーそー、ウチらだったら絶対ムリ。フツー、新堂中尉に惚れない? イケメンだしクールだし、ウチらみたいな兵卒にも優しいしさぁ。なんならヒサカ中尉と百合っちゃうのもアリ。あの人、そこいらの男共より断然カッコいいから」
整備班に属している同性の友人達もそう言って、身を引くことを勧めているのだが。理音の本音としてはどうしても、諦めきれないのである。
実際、アヤトとベルアドネは女性陣からの人気が非常に高く――整備班やオペレーターの間で密かに催された人気投票では、彼らが女性票を2分していた。一方、憲次については男性票が多数を占めており、女性票はほとんど集まっていない。
あくまで駆動小隊と接する機会の多い、防衛軍の一部……という範囲での話だが。確かに、一般的な趣味ではないのだろう。
そうであっても、好きなものは好きなのだ。よほどそれが表情に現れていたのか、友人達も忠告だけはしつつも、本格的な否定まではしていない。
これと決めた男のことなら、テコでも動かないと。いつも彼の話題で盛り上がる理音の姿から、彼女達なりに察していたのである。
◇
深夜を迎え、静まり返った格納庫。その薄暗い空間の中で唯一、淡い光を放つ場所があった。
独りヘッジホッグの機体を磨く、理音のヘッドライトである。整備班長ほどの技術を持っていない彼女は、自主的に行える数少ない「手入れ」を日課としているのだ。
勤務外であろうと、愛する人の大切な機体はいつでも万全に、綺麗にしておきたい。そんな動機で機体を拭いていれば、自然と頬が緩んでだらしない貌になってしまう。
人前で、まして彼の前ではそんな醜態は絶対に晒せない。それがわざわざ深夜に、独りで作業している最大の理由であった。
――だが、そんな憩いのひと時は。
「おい、そこの整備兵。いい加減に休め、何時だと思ってやがんだ」
「……ふぇ!?」
聴き間違えるはずもない、蒲生憲次本人の一声によって、吹き飛ばされてしまうのだった。安産型の大きな臀部を突き出して、ヘッジホッグの足裏にまで潜り込んでいた彼女は――思いがけない来客に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
よりによって、1番見られたくない相手に1番見られたくない格好で、1番見られたくない場面を見られてしまった。そんな三重苦に理解が追いついた瞬間、彼女は耳まで真っ赤になって一気に慌てふためいてしまう。
憲次に宥められ、その動揺が多少収まってまともに会話ができるまでには、数分の時間を要していた――。
◇
「……つまり。拭き残しを明日に残しておくのが気持ち悪かったから、サービス残業していたと?」
「は、はひっ!」
ようやく言葉のキャッチボールが出来るようになったことを確認し、改めて経緯を問い質す憲次。彼の声を近くで聴ける喜びに打ち震えながら、ビシッと直立不動の姿勢を正した理音は、その反動で規格外の巨乳をばるんっと弾ませていた。
この衝撃展開の中で、よくぞこれほどの精巧なカバーストーリーを思い付いたものだ――と、理音は咄嗟の言い訳を内心で自画自賛している。
今ここで想いを打ち明けられる度胸など持ち合わせていないし、もし拭き残しがあろうものなら死ぬほど落ち着かないのは本当なのだから、これしかない。それが、理音なりの最善手だったのである。
「全く……整備班長のジイさんなら、『やる気満々でよろしい。気が済むまでガンガンやれ』とでも言うんだろうがな。俺達は身体が資本なんだ、明日に差し支えるようなマネはするな」
「は、はい」
しかし結局、憲次本人からそう言われてしまっては、深夜の整備は諦めなければならない。愛する人の諫言を真摯に受け止め、理音は寂しげに肩を落としていた。
そんな彼女の様子を一瞥する憲次は、誇り一つなく磨き上げられた愛機を仰ぎ、厳かに呟く。
「……戦争は終わったが、この先ずっと地球が平和だという保証はどこにもない。もしかしたら明日には……いや、下手すりゃ今この瞬間に、コイツの力がまた必要になるかも知れん」
「え……?」
「そんな時のことを考えて、常に準備を怠らないってのが俺達の仕事だ。確かにお前はちょいっとやり過ぎかも知れねぇが、悪いことだとは思わねぇよ。万一お前みたいな奴に身体を壊されちゃあ、俺が安心して出撃できねぇってだけだ」
「が、蒲生大尉……」
「それに……俺は隊長である以上、いつでも最高に格好良くいなきゃならねぇ。そのためにも、お前みたいな奴は必要なんだ。無理した結果、何かあったら俺が困る」
その労いの言葉一つ一つが、話すことすら叶わなかった理音の胸に、心に、脳に突き刺さり。いつしか彼女は、取り繕うことすら忘れてぼろぼろと涙を溢していた。
そんな彼女の涙を目にした憲次は、これ以上恥をかかせまいと――すれ違いざまに、理音の肩を優しく叩く。
「そういうわけだから、今日はさっさと帰って寝ろ。……また明日な、
「えっ……あ、は、はいっ!」
彼が去り際に呟いた、その言葉に。理音はぶるんっと胸を揺らしながら振り返ると、震える手で敬礼していた。
(私の、私の名前……覚えてた……! 覚えて、くれてたんだっ……!)
もう明日から、夜遅くの整備はできないけれど。それ以上の言葉を、貰い過ぎてしまった。
もう、死んでもいい。そこまで気持ちが昂ぶるほどの歓喜の渦が、彼女の心を飲み込んでいく。
(蒲生大尉っ……!)
憲次の姿が、完全に見えなくなっても。彼女は暫くの間、敬礼したまま不動の姿勢を貫いていた――。
◇
「……隊長、こげな夜更けになーにをやっとらすか」
「
「新堂、ヒサカ……お前ら、いつから見てたんだ」
「『おい、そこの整備兵』の辺りからだな。で、どこまで進展したんだ」
「最初からじゃねぇか!
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