食肉 第一

「自殺はあり得ない、殺されそうでもないなんて……一体どうなっているんだ!」

 ハナガサは困り果てて声を荒げた。

「でも今すでに、殺す準備か自殺をする準備がされているはずなんです。そうじゃなきゃ霊体は現れないので」

「しかしな……血の臭い以外には情報がないんだぞ」


 二人は頭を働かせながら光を放っていない光草を探し、もう隣町も過ぎ裾野の村あたりの山まで来ていた。

 借りた馬を馬借に返し、二人は尚も山を歩く。


「何か情報が、あっ……」

 話しながらケロウジは気が付いた。

 ヒイロの霊体は自殺の直前に旦那に会いに行ったし、モエギの霊体はじっとムジナを見ていた。


「どうした、ケロ?」

「家に帰りましょうか」

「ササが心配なのか?」

 ハナガサは聞きながら首を傾げる。そしてケロウジが頷く。

「はい。どう関りがあるかは分かりませんが、ササが何か知っているかもしれません。もしかするとシイの霊体はササの側に来たのかもしれないので」

「なに?」

「あの日の朝はシイの霊体なんていなかったんです。その日の昼から現れたとササは言っていました」


 何かがつかめそうで腕組みをし、ケロウジは考える。

 その時、血の臭いを感じた。ケロウジは辺りを見渡し、人の気配がないことを確認してからハナガサに伝える。

「おじさん、近くで血の臭いがします。それもこの臭い……結構な量ですよ」

「問題が次から次へと……順番に片付けるぞ。まずはニオイの出どころを探す」

 そうして二人が見つけたのは、皮だけになった兎。

「これは……食肉だな」

 ハナガサが言った。


 そこには火を熾した跡があり、皮には明らかに刃物で解体された切れ目が付いている。どう見ても人間の食べた跡だ。

「それにしても、どうして骨までないんですかね?」

「さぁな。とにかく探すぞ」

 そう言って二人が立ち上がった時、足音を聞いた。道の方から上がって来たのは昨日の誰かに雇われている魔獣師。

 魔獣師は大袈裟に驚いた声を上げ、二人の足元を見る。

「うへぇ……! それどうしたんですか⁉」


 ケロウジにはそれがとても演技的に見えたのだが、隣を見るとハナガサも同じことを感じているようだった。

「お前はずっとこの辺りをうろついていたはずだな?」

「え? いやぁ、そうなんですけど見てなくて。すいませんね。嫌だなぁ、やめてくださいよ、ハナガサさん。同じ魔獣師じゃないですか」

 その男は言った。するとハナガサは眉間に皺をよせ、脅すような声音で言う。

「私はお前に名乗った覚えはないが、誰に聞いたのだろうな?」


 男がしまったという表情をするのを、ケロウジは見逃さなかった。それを合図にハナガサがバッと飛びかかり、地面に伏す男を拘束する。

 男は「俺じゃない」と繰り返している。

「どうします?」

「そうだな。魔獣師が食肉をしたとなると、上に報告せねばならん。免状の剥奪は免れんだろうな」

「ちょっと待ってくれ! 俺じゃないんですって! 雇われてるんで話せませんけど、この件に関してはすでに別の武家が動いている、って事です」

 男がそう言うとハナガサは少し怯んだが、渇を入れるようにブンブンと首を横に振る。


 その様子を見ながらケロウジが言う。

「でもこの人、確かに血の臭いはしませんよ」

「そうか。しかしこの件に関わりがある事に変わりはない。取りあえずその辺の木に縛っておけ。後で迎えに来る」

「それは不味いですよ! 俺が行かないとお嬢様が!」

「へぇ、お嬢様ね。とするとオオツガ様の所の魔獣師だったのか」

 ケロウジが縛りながら言うと、男はみるみる青ざめて行く。


「なんだ……結局は娘が心配だったのか? あの人は口が悪いだけなのか?」

 ハナガサが溜め息を吐くと、男が二人に言う。

「俺を縛っておきたいんだったら仕方ないから大人しくしてますけどね、その代わりお嬢様を家まで無事に送り届けて下さいよ。詮索は無用です。詮索するようならオオツガ様の方から何らかの動きがある事でしょう」

 男は冷や汗を流しながら言い切る。


「よく縛られながら脅し文句が言えるなぁ。で、そのお嬢様はどこに?」

 ケロウジがそう聞くと男は「この山のどこかにいる」と答えた。

「なんだって⁉」

 そうしてケロウジとハナガサは、慌ててシイを探しに山を走り回る。


「しかし誰が狙っているのかも分からんこんな時に……。おい、ケロ。二手に分かれるぞ」

 ハナガサは言うなり、山の斜面を駆け上がって行く。

 ケロウジは思うところがあり、先ほどの兎から続く血の臭いを追う。それは不思議なことに、ケロウジの家の方へと続いていた。

 点々と足跡のように残る血の臭いを、ケロウジは確かに追う。


 落ち葉を踏みながら山を走り、やがて川に辿り着いた。山と人里を隔てる橋の下を流れる、ケロウジの家のすぐ下の谷川だ。

 川の上流はすでに夕焼けで赤く染まっており、冷たい風が吹き抜ける。

 そこにシイが立っていた。

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