分からない事 第三

「ありゃ? お侍さん、カラカサさんから馬を買うと言いましたか?」

「あぁ、言ったな。それがどうした?」

 真実を探るような視線を投げる武士がケロウジに聞く。

「そりゃあ、不味いですよ。カラカサさんは傘屋さんなんですから。魔獣師から買わないと」

「俺も魔獣師の免状を貰ったのだ!」


 そうカラカサは怒鳴りながら、懐から魔獣師の免状を出す。しかし知り合いに魔獣師のいるケロウジには、それが偽物であるとすぐに分かった。

「あれ? 傘屋さん、騙されましたね。これは偽物の免状ですよ」

「偽物なわけあるか! ちゃんと領主様から頂いたんだ!」


 その言葉を聞いたケロウジは、勝利を確信して無表情の内側でこっそりと笑む。

「そうですか? 領主様がこんな事をなさるとは思えないのですがね? だってこの免状、ただの紙じゃないですか」

「何が言いたい!」

「魔獣師の免状には魔力を吸うために魔力削除に利用されている光草が練り込まれているんですよ。だから獣の近くでは薄っすらと光るはずなんです」


 カラカサは力なくへたへたとその場に座り込む。これでカラカサの罪は洗いざらい明らかにされるだろう。だがそれだけではダメなのだ、とケロウジは思う。

 このままでは馬は戻ってこない。

 そこへ丁度、茶店のおばさんたちが歩いて来た。少年の姿のササに先導され、不思議そうな表情をしている。そしてケロウジに気付いて慌てて走り寄る。


「ちょっと、ケロウジ!」

「これは丁度いい所に。お侍さん、この人たちは隣町に住む人たちで、ミミズクの事はよく知っているんですよ。僕だけの話じゃ不安でしょ?」

 ケロウジはぺらぺらと話し出してしまいそうなおばさんの話を止め、武士にそう言った。武士の方もそれに頷き、おばさんたちに聞く。


 ササが呼んで来たのは茶店のおばさん、漬物屋の主人、獣の首輪や柵なんかを作っている光草屋の爺さんだ。

「一つ聞くが、この黒毛の馬を知っているか?」

「もちろんですよ! これはこのカラカサに取られた、馬借の旦那さんの愛馬に間違いありません! 疑うなら人参をあげてみて下さいな。絶対に食べませんから」


 茶店のおばさんはそう言い切る。武士は驚いて聞き返した。

「人参を食べない? 馬が?」

「そうです。上の葉っぱだけ食べて人参の方は残すんです。そんな馬はミミズクだけなので。ミミズクは怪我をしたうちの子を乗せて薬師の所へ走ってくれたりして、本当に優しい馬なんですよ。もちろん他の馬もです!」


「ふむ……。他の者はどうだ? この馬はミミズクか?」

 漬物屋の主人も、光草屋の爺さんも武士の問いに頷く。

 けれど往生際の悪いカラカサは、首輪が落ちたのが悪いだなんだと言って、光草屋の爺さんを責めはじめる。

「ワシの首輪は丈夫で安全、長持ちじゃ!」

「けっ! どうだか」


 悪態をつくカラカサを武士が黙らせる。するとケロウジは、この時とばかりに懐から石刀を取り出す。馬小屋で拾ったあれだ。

 それを見たカラカサの表情が歪んだので、ケロウジは淡々と告げる。

「これ拾ったんですがね、傘屋さんの物ですよね? 馬小屋に落ちていましたよ」

「そんなもん知らん!」

「そうですか? 名前が書いてあるんだけどなぁ」

「名前なんか書いた覚えはないわ!」


 カラカサはそう叫んだ。

「カラカサ。私を謀ろうとしたな? この罪はきっちり償ってもらうぞ」

 武士は怒りを抑えきれない様子で冷たく言う。すると、その後ろから馬借の旦那が走って来たのだ。見計らったかのようにやって来る旦那の後ろで、ササがニヤリと笑う。

 ヒイロの霊体も旦那と一緒にいるが、その体はもう真っ黒だ。


「ちょっと……待って下さい……!」

 息を切らしながら旦那は訴える。

「お前は誰だ?」

「その馬の、元の持ち主の馬借です」

「ほぅ。そうか。あらかた話は分かったがな、一度この馬は預からせてもらうぞ」

 武士は少し申し訳なさそうに言った。


「も、戻って来るのでしょうか⁉ こいつも他の馬も、本当に大人しい奴らで、定期的に魔獣師に見てもらっていますし、問題なんか起こした事ないんですよ」

「しっかりとした魔獣師がついているのか。分かった。私が立ち会いの元でその魔獣師に見てもらい、お墨付きがもらえたならばお前の元に返そう」

 ありがとうございます、と涙を流す旦那。


 その横の祠に寄りかかりながら、ササが言った。

「なぁ、お侍さん。あっちの洞窟に鶏やら犬やらが押し込まれてるよ」

「何だと⁉ カラカサ!」

「ひぃぃ、すみません!」

 そうしてカラカサは武士に引き摺られ、洞窟の方へ消えて行った。


 ケロウジも含め、その場の全員がこれで一件落着だと思ってはしゃいだ。しかし旦那の隣に立つヒイロの霊体は依然として真っ黒だ。その体からは潮風が吹いている。


「ところで旦那。奥さんはどちらですか?」

「ヒイロ? そりゃ家だろ?」

 しまった、とケロウジは思った。それに追い打ちをかけるように、ヒイロの霊体が『死んでしまいたい』と呟く。

「旦那、急ぎましょう! こんな時に一人にしちゃあいけません。海です! さぁ、早く!」

 慌てたケロウジはそう言って旦那の腕を引っぱる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。何だ? 何を焦っているんだ?」

 なかなか表に感情が現れないケロウジの珍しい様子に、全員が首を傾げる。

「奥さん、とても思い詰めてましたから急がないと! 家には寄ったけれどいませんでした! 僕はてっきり旦那と一緒にいるもんだと思って」

 ケロウジは嘘も本当も交えて訴える。


「ヒイロが家にいないって⁉ それって……!」

「海です、旦那! 海を探しましょう!」

 大慌てでケロウジたち六人は海に向かって走り出す。馬は武士が連れて行ってしまったので足で探すしかない。

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