第9話 鈍感じゃない俺はラブコメ主人公にはなれない

「今日はありがとうございました!」


可憐は満面の笑顔でそう言う。


時刻は午後5時。


レストランで食事をした後、俺たちは午後はお土産コーナーを見て回ったり近くにあったゲームセンターに寄ったりして遊んだ後、まだ明るいが暗くなる前に駅前で解散することになった。

あまりこういった所に遊びに来たことがないのか、可憐はずっと楽しそうにしていた。


楓と香織はレストランから追い出されてからいつの間にか見当たらなくなっていたため、おそらく先に帰ったのだろう。


「いやいや、こっちがありがとうだよ! チケットまで用意して貰っちゃったし。今日は本当に楽しかったよ」


「楽しんで頂けたのなら嬉しいです! 私も楽しくてつい、はしゃいじゃいました。 ではまた学校で!」


そうして可憐と別れた後、俺は重い足取りで家へ向かった。

どうか平和にすみますように……







家に帰ると楓と香織の屍がそこにあった。

正確には魂の抜けたような顔で二人そろってリビングに転がっていた。


「あっ、に、兄さんおかえり」


「じゅん、おかえり。ど、どこに行ってたの?」


2人は俺が帰ってきたことに気づくとドタドタと急いで体勢を整え、なんとも白々しく聞いてくる。


そうだった! 2人は俺が尾行に気づいていないと思っているため、今日あった事は知らないと言う設定になっているのだ。

と言うか、その場合香織が家に居ることが不自然なのだが。

なんともガバガバすぎる。


てっきり尋問されると思っていた俺は思わずポカンとしてしまう。


この口ぶりから察するに俺は色々と誤解されているはずだ。

おそらく、可憐と俺が付き合っているとかそういう勘違いをしているのだろう。


誤解させたままだとあらぬ噂が流れてしまう可能性があるため、俺は今日あったことをありのまま話して2人の誤解を解くことにした。

もし、デマでも学校で俺と可憐が付き合っていると噂になったら終わりである。

即刻俺はファンクラブに処刑されるだろう。


「今日は勉強を教えてくれたお礼って事で宮崎さんに水族館のチケットを貰って水族館に行ってきたんだけど……」


そう言うとピクリと二人が反応する。


「へ、へえそうなんだ。かわいい彼女ができてよかったね、じゅん」


やっぱり誤解されていた。


「前も言ったけど宮崎さんと俺は別に付き合ってないよ」


ピクリとまた二人が反応する。

すると段々二人の顔に生気が戻ってきた。


「ふ、ふーん。そうなんだ」


香織は興味なさげにそう言うが、若干嬉しそうな顔をしていた。


「でも兄さん、あーんして「ちょ、楓ちゃん!!」

「私だってまだしてもらっ「あー!あー! じゅん!なんでもないからね!!」


楓が今日俺を尾行していた証拠を言いかけたのを香織が大声を出してかき消そうとする。

もちろんバレバレなのだが、俺は気づかないふりをしてやり過ごした。

あれに関しては何も言い訳できない……


「でもいいなぁ水族館。私もどこか行きたいなぁ……なんて」


「兄さん、私も出かけたい」


2人はそう言いながら何かを期待にした眼差しをチラチラと向けてきた。


なぜ彼女達が今日このような行動をとって、俺にこんな事を言ってくるのかは理解している。

俺は鈍感なラブコメ主人公じゃない。


2人のことは好きだし気持ちも正直めちゃくちゃ嬉しい。


もしも、二人の思いを知っている俺から二人のどちらかに告白すれば二人とも快く受け入れてくれるだろう。

だが、そこに俺の気持ちは存在しない。

それはただ流されただけである。

そんなのは誰も幸せにならないし誰も望んでいない。


二人が真剣に俺のことを思ってくれているからこそ、俺も真剣に二人の気持ちに向き合いたいのだ。


だから、香織と楓への気持ちがはっきりしない今はただ、誤魔化すことしかできなかった。

これは今の関係を壊したくないという俺のエゴかもしれないし、優柔不断で男らしくないだけかもしれない。


だけど俺は……


「じゃあ今度みんなでどこか行くか?」


俺がそう提案すると二人の表情がぱっと輝く。


「はいはい! 私、じゅんとディスティニーランド行きたい!」


「私は兄さんとディスティニーシー行きたい!」


「じゃあ別々だね!」


「そうですね! 日にちを分けていきましょう!」 


だけど俺はこの騒がしくも退屈しない日々が嫌いじゃなかった。


鈍感のふりをして答えを先延ばしにしたとしても、いつかは絶対答えを出さなくてはいけない。

答えが出るのはいつになるかわからないが、それまではこの騒がしい日々を楽しんでいきたい。


楽しそうに話す楓と香織を見ながらそんなことを考えた。

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