第108話 正妻×元・義妹。4

 大変なことになてしまった。

 暁は押し込められたクローゼットの中で震えていた。

 側室云々の話をしに来たら、兄に隠し子がいて、しかもそれを知った者は消されてしまうというのだ。

 「いやそうはならんやろ。」そういう人もいるだろうが、兄は貴族なのだ。

 変なルールが適用されてもおかしくはない。

 まして皇帝陛下も関わって来てるとなると、……こういうことに前例がないわけでないのだ。

 ほかならぬ兄がそうだ。

 東雲家を勘当されてすべてを失った兄、名無しの状態から皇帝陛下お気に入りの貴族に成ったり。

 そんなことが起きるのだ。

 自分にだって何が起きるのか分かったもんじゃない。

 絶体にバレないようにしなければならない。

 しかし、暁は物音を立ててしまい怪しまれている。


「多分猫ちゃんだよ。可愛い猫ちゃんだよ。」


 これだ。

「にゃ~ん。」

 猫の真似をして誤魔化せばいい。

 うむ、うまくいった。これなら誤魔化せるはずだ。

 と、思ったがまだ疑われている。だと。

 (私の名演技を疑うなんて。もっとすごいのいこうか。)


「そんなことないよ。ほら、パパ良く聞いておいてよ。たぶんクギミーぽい声で猫ちゃんの声がするから。」


(はいごめんなさい。調子乗りました。だからそんな無茶ぶりやめてください。)

 そう心の中で謝っても撤回はされない。

(やらなければ。クギミーの猫なで声を演じ切らねば。命が掛かているんだ。)


「……にゃ、にゃ~ん。」

「ほら聞こえたでしょう。」

「クギミーぽかったか?」

「クギミーだったよ。ほら良く聞いて。」

「にゃ~ん。」

「う~んまだまだ。」

「にゃにゃ~ん。」

「もう一声。」

「フッシャァァァァァーーーーーーーーーー!」

「おっ、いまのクギミーぽかった。」


 最後はもうやけくそだたった。

 だがやってやったのだ。

(私はクギミーの声を模倣する者。という称号を手に入れた。)

 暁は誰ともなしに胸を張って威張る。

 そのさい、胸がクローゼットの扉に――――当たることはなかった。大きくない胸が幸いした。

(今なんかすっげームカつくこと言われた気がした。)

 変なところで勘の鋭い暁が地の文に怒っていると。


「そうか、そんなに嬉しいか。だったらペットにするか。」

「え?いいの。」


 と聞こえて来た。

(は?どういうこと。ペットにする?何を。)

 と戸惑う暁だったがこの流れでただの雑談でないのは分かる。

 猫である。

 猫を飼うって話でしかない。

(そしてこの場合の猫って私のことだよね。ミルクちゃんはそれが分かっていてあんなこと言ってるの。お、恐ろしい子。)

 ミルクにペット扱いされる。それはそれで倒錯的でいいかもと思うなら、その人はMである。

(いやいやないぞ。ミルクちゃん相手でも。)


「うん、ちゃんと見る。けどパパも手伝ってくれる。」

「ああ、もちろんだ。パパ、猫ちゃんの躾けとかできるぞ。」


(ちょーっとまってぇ。なに、兄さんにもペット扱いされる流れ。)

 暁は想像してしまった。

 義理の兄にネコミミと尻尾付けた姿でコビを売る自分の姿を。

 そして兄は自分をカワイイカワイイと言いながら首輪をつけて躾けちゃうのだ。

(駄目よそんなの。許されないは。でも猫にならないと”死”。)

 究極の選択だった。

(ペットか死か。デッド・オア・ペットライフ。ナニそのエロゲー。)

 そんなことを考えているとミルクが暁の隠れているクローゼットの扉を開けようとしている。

(だめぇ~~~。今明けられたら私兄さんのペットにさせられちゃう。そんなのだめぇ~。)

 しかし無情にも扉は開かれて、暁は兄の前に姿をさらすことになった。


(兄さんのヘンタイ。)

 暁はもう泣きそうだった。

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