第55話 近藤 武蔵という漢。

ウルトゥムとの冗談の掛け合いに近藤を巻き込んでからかってやった。


これくらいのことはしてやってもいいだろう。


なんてたってこいつは特務機動中隊の先輩であり、飛鳥と同じで戦闘シュミレーターで何度となく殺された相手なのだから。


―――


近藤 武蔵という漢は今でこそ変態だが、その昔はかなりの熱血漢だったそうだ。


西方の部隊に所属して、西の守護者と言われる六覚顕聖が1人、「釣鐘 春虎つりがね はるとら」の副官でもあったそうだ。


しかしそれほどの立場にありながら、落ちこぼれ部隊へとやってきた経緯は聞かせてもらえている。


それだけ戦友と認めてもらえたのだろう。


認めてもらえるだけ俺がコイツを仲間と思えるようになったということだろう。


だからこそというべきか、こいつの過去、変態になってしまったことがもったいなくもあり、―――仕方のないことだと思う。


コイツは戦争で妻子を失っているのだ。


そんな人はこの大和の中には山ほどいるだろう。


だからと言って心の傷が軽くなる、何てことはないのである。


近藤の苦しみは近藤だけのものであって、誰かと比べられるものではないのだ。


そして、近藤の傷は近藤をオカシクさせるだけのものであった。


近藤は妻子を失ってからは小さな女の子を見ると亡くなった我が子と被り、亡骸を抱いて慟哭した時をフラッシュバックするようになってしまったそうだ。


そして心を病んだ近藤を隊長が引き取り今のような変態へと変えたそうだ。


何故変態にする必要があったのか疑問に思い訊ねたことがあったが、「心の傷を治すことはできない。できるのは何かと挿げ替えすげかえることだけだ。そして、傷が大きければ大きいほどその副作用は大きくなる。あれがあいつが生きていくのに必要だった”薬”だったということだよ。」とのことだった。


そして、近藤はロリコンのという形で心の平穏を保っている。


色々思うところはあるが、俺にとっては近藤は頼もしい仲間であり、シュミレーターでは飛鳥と並んで最も殺された相手でもあった。


近藤の主武器は槍である。


笹穂の刃が付いた朱塗りの槍を扱う。


その戦いは堅牢な守りでありながら、大きな体に似合わない素早く小回りの利く運動能力を生かしたものである。


距離を取っての攻撃は確実に撃ち落とし、懐に飛び込もうものなら――――消える。


消えるというのは比喩であるが、しかし対峙したものからはそうとしか思えないくらいに視界から外れるのである。


その技は流派によって呼び方が変わるだろうが、俺が知っているものでは「抜き重ね」と呼ばれるものだ。


腰に据えた重心を足の力を抜くことで落下させるのだ。


この落下の力に足運びを重ねることで重心を振り子のように動かすことで、予備動作を無くした滑るように移動することができる。


そして近藤の抜きは”深い”。


大柄で背も高い近藤の抜きが深いと頭の位置が1mは下がる。


加えて円を描くように斜め前に移動するので対峙していた者は近藤が消えて見えるのである。


これは俺が何度も体験したものであり、事前に分かっていても対処が困難な必殺技となる。


低く素早い動きで背後に廻られ、穂先が地面を擦るぐらいの位置から突き出される。


それは回避が出来なければケツを貫き、口から臓物とクソと一緒に槍の穂先が飛び出してくるのだ。


これはホントにひどい死に方だった。


この技で近藤は武人としては「串刺しの将カズィクル・ベイ」のあだ名で呼ばれもしていたのである。

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