婚約破棄の悪役令嬢、きまぐれ悪魔に魅入られる。

あおだるま

第1話 婚約破棄

「ヘレナ・ウルペース。私カニス・アドルフスはこの時この場所をもって、お前との婚約を破棄させてもらう!」


 高らかに王子が放った言葉に、私は悟った。


 ああ、私は負けたのだ。


 煌びやかな衣装、贅を凝らした内装、豪華絢爛な料理の数々。着飾った貴族たちは私を冷ややかな視線で射抜く。

 今の私にこの場から逃げる権利はない。なすがまま、されるがまま。取れる選択肢はこの場で糾弾され、笑いものになるほかない。自然と視線が地に堕ちる。


 水を打ったような静寂の中、問題の平民エミリアは自らの肩を抱き、脚を震わせる。カチカチと歯が鳴る音が王宮の広間に響いた。


「……ヘレナ様。貴女は世に顔向けできないことなどしておりません。お貴族様とは、ヘレナ・ウルペース様とは。何よりも気高く美しい存在です。ですからそのように顔を伏せることだけは――」「――エミリア。君は本当に優しいな。いいんだよ、ここまで来てこの女をかばわなくて」


 我が婚約者カニスは、震えるエミリアの肩を私から遠ざけるように抱き寄せる。彼の金の瞳は軽蔑の色を隠そうともせず、視線が私から外れることはない。


 思わず笑みがこぼれた。皮肉なものだ。私を糾弾する今、婚約者である彼が初めて私を正面から見ている気がした。

 私の笑みを見て、彼は微かに眉をしかめる。


「恐喝、盗難、殺人未遂。さてヘレナ。君が学園内でここ1年、エミリア相手に起こしたとされる容疑だ。何か弁解はあるか?」

「ありません」

「――ッ!!ヘレナ様、貴女は」


 声を上げかけるエミリアを目線で黙らせる。


 誰かに嵌められた。そんなことは分かっている。


 それでも結局、私が負けたのはエミリアただ一人だ。能力で、容姿で、人望で。家名も持たぬ平民の小娘相手に、公爵家令嬢ヘレナ・ウルペースは完膚なきまでに敗北した。


 ――そうだ。私は周囲の一人一人を睥睨する。周りで高みの見物を決め込む貴族たちに、輝かしき王の威光に、目の前の王子に敗北したわけではない。影から私を嵌めた誰かに負けたわけでもない。私の最後の意地が、誰にでもなく吠える。


 お前たちが期待するような見苦しい弁解など、誰がするものか。


 私の即答に虚をつかれたように呆けるカニスに、エミリアは縋りつく。


「アドルフス様。どうか、どうかそのようにヘレナ様を責めることはお止めください。繰り返しますがヘレナ様は公爵家ご令嬢として、後ろ暗いことなどされていません。全ては平民である私の分不相応な振る舞いが原因です。罰なら私が受けます。だからどうか、どうかご再考を――」

「エミリア……」


 カニスは嘆願するエミリアに憐憫の目を向け、その絹のような銀髪をゆっくりと撫でた。


 これが全て演技で彼女がただの魔性の女であるならば、私は負けを認めはしなかった。貴族として生れ落ちて14年。あまねく全てに勝つことだけを目標とし、どんな手を使う貴族も実力で退け、私は王子の婚約者の座を勝ち取った。


 だがエミリアは違う。


 彼女にとって私など、路傍に転がる石と何ら変わりないのだろう。私のどんな挑戦も努力も彼女はまるで存在しないもののように振る舞い、周囲に味方を増やしていった。私は彼女の強さを、美しさを際立たせる当て馬に過ぎなかった。

 全く、とんだ道化もいたものだ。


 気づけば握りしめた右手から、血が滴っていた。


「国王様、カニス様、お父様」


 もういい。これ以上公爵家を惨めにすることは許されない。


「私は一連のエミリア嬢を取り巻く、一切の彼女の不利益に関与しています。すべて私が一人で行いました。どんな罰でも私は甘んじて受け入れます。罪には罰を」


 笑う以外、私に赦された表情はなかった。


「敗者には、ペナルティを」


 引き攣った王子の顔が、何より可笑しかった。


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