第5話昔の呼び名で
「じゃ、行こうか」
「どこ、歩くの?」
「そりゃあ、ここらへんで歩く場所は決まっているんじゃないのか?千種学校区の方か、それとも宗堂桜の方か。俺は千種の方がいいと思うけどな」
「私も、そこがいい」
「そうと決まれば出発だ」
千種学校区とは、千種小学校のあるあたりの場所で、一応通学路だからひく的歩きやすかった。
何しろここ、宗堂は歩道がほとんどなく、車道に沿って歩くのがほとんどだから、通学路の道はウォーキングやサイクリングにぴったりで、俺もよく運動するときは千種学校区や、瀬戸中学校の通学路を使っているのだ。
俺たちのいる家から千種の通学路に入るにはまず、小道から入らなければならないが、そこを出ると車道であり、俺らは二人と一匹についてはかなり危ない。
俺は車道に出ると。俺が車道側に行き、舞花さんを歩道側に歩かせた。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ」
そして、ニッカリ俺は笑った。
そのまま歩いているとボソリと舞花さんが言った。
「ここ、変わらないね」
「ん。ああ」
ここら辺はなんかよくわからないアスファルトが埋もれている場所だ。その中でも謎の自販機が一つだけ置かれて、本当によくわからない場所だった。
「確か小学生の時はなんかあったよな」
「そうね、誰かいたわよね」
そして、二人して示しあって笑い出した。
「ああ、びっくりした」
「何が?」
舞花さんが不思議そうに聞いてくる。
「いや、舞花さんとこうして二人でまた会話できると思ってなかったからな」
それに舞花さんがボソリと言った。
「まいちゃん、でいい」
「え?」
「だから呼び方。また昔のように呼ぼうよう。私はたかくん、て呼ぶから」
「あ、ああ、うん」
俺はおっかなびっくり頷いた。
「まいちゃん」
「たかくん」
俺は髪をボリボリ描く。向こうもちょっと恥ずかしそうだった。
「なんだよ、恥ずかしいなら、そう呼ぶなよな」
「だって、たかくんと昔のように仲良しになりたくて。舞花さんて他人行儀じゃない。私たち幼馴染なのに」
「でも、だって、そうだろう?いくら幼馴染だからと言って長いこと遊んでいなかったんだから、さん付けで呼ばないと」
それに、ふふとまいちゃんは笑った。「いや、たかくんて変わってないなぁ、と思って」
「そうか?言っちゃあなんだが、俺って結構変わったと思うぜ?昔の一人称は僕、だったし」
それにフルフルとまいちゃんは首をよくに振った。
「ううんうん。変わってない。礼儀を重んじる態度とかまるで変わってない。私はそんなたかくんが好きだったなぁ」
千種学校の通学路に入る。
「へー、昔の俺が好きだったんだ?」
「だって、たかくん優しかったし、紳士だったから。小学生でそこまで紳士的な対応を取る人いなかったから。本当はたかくんて、女子からの人気があったんだよ」
「それは初耳だな。言っておくけど、俺って年齢=彼女いない歴の人だぜ?」
「うん、ほらまた」
そう言ってクスクスとまいちゃんは笑った。
「まいちゃんどうしたの?」
「いやだってね、たかくん。普通に好きだったな、と女子が男子に言うとね。ほとんどの男子は今も俺のことが好きなのか?と勘違いするじゃない?」
「ああ、そうだな」
「たかくんはそう言うところ全くないよね?」
「だって、俺って気まぐれやだから。例えば、1ヶ月前の自分と今の自分だったら考え方も全然違うし。それなのに、女の子の方が10年前、俺が好きだったとしても、今も好きなんて、よほど何かないと信じないよ」
「そう言うところが女子から見て安心できるのよ。あ」
「ん?」
まいちゃんが驚いた場所は僕とまいちゃんが再開した、坂の上だった。最初は何を驚いていたんだろう?と思っていたが、すぐに気づいた。
「ここの製鉄所潰れたんだよな」
「うん」
坂の上にあった製鉄所は潰れていた。変わって更地(さらち)だけが後を残している。
「よく、製鉄所の人とお世話になったよな。覚えているか?夏の日、みんなで帰るとエアコンと扇風機(せんぷうき)を回した製鉄所の中に入って休んだのを?」
「うん、覚えている。たかくんはみんなが扇風機の前に陣取ると何もできずに後ろに隠れていたよね?」
「そうだったなぁ。あの時はエアコンが効いていたし、無理して扇風機の前に立つこともない、と思っていたんだ」
「ふふ、それで工場の人がたかくんを無理やり扇風機の前に移動させたっけ?」
「当時の俺からしたらえらい迷惑だよ。僕はこそっと後でいいのに、みんなを押し除けて座ると言うのはなんか苦しかった」
「私にも譲ってくれたことあるよね?」
「ああ、子供のときな。まいちゃんに譲ったことはあるよ。まいちゃんとは幼い時から遊んでいて他のことは別格だったからな」
それにクスクスとまいちゃんは笑った。
「嘘ばっかり、他の女子にも譲ろうとして、工場の人に止められたこともあるじゃない?」
「そうだっけ?あのころの俺の記憶はちょっとあやふやだ」
「私、よく覚えているよ。だって当時、いつもたかくんのことばっかり見ていたから」
そう、遠い目をしてまいちゃん入った。
当時は、か。と言うことは、今はなんとも思ってないと言うことか。そうだもんな、今も好きならこんな台詞を吐くことなんてないよな。
まいちゃんは美人だけど、それで簡単に好きにならないしな俺も。
お互い今は全く何もわかっていない。わかっていることは今日、祝日で、休みだから顔を合わせた程度。
「あ、本田病院」
製鉄所後の隣には眼下いっぱいに宗堂の土地が見える。
と言っても、ほとんど畑や、一本の巨大な用水路だ。その僕らの地点から懐かしの本田病院が見えた。
「懐かしいわね」
「懐かしい、と言うことは、今はかかってないの?」
それにまいちゃんはクスクス笑う。
「私、ずっと北区にいたから」
「それは岡山駅周辺の?」
「そう」
「ふーん。そうなんだ。いいよね、岡山駅周辺」
「うん、いい場所」
それでまいちゃんは俯いた。
「たかくんは今も本田病院にかかっっているの?」
「うんにゃ」
まいちゃんが驚いた表情をする。
「え?」
「岡山駅周辺に良い病院を見つけたんでそこに主に行っている。ほら、本田病院の主治医っておじいちゃんでしょ?正直言って怖いんだよね。薬だって100%安全ではないし、用心を重ねて若い先生の元にかかっている」
「そっか」
それっきり二人して黙って歩く。
しばらくしじまの時が続いた。
「ねえ、覚えている?小学生の頃私たちが病気したこと」
「覚えている。どっちかが風邪とか引いたらプリントを渡したんだよな。家が隣だからってことで」
「そうそう。中高生時代にもあったよね?」
「ああ、あったあった。いきなりまいちゃんのクラス担任からプリントを渡すように頼まれた時はびっくりしたよ」
「それで、二人とも、玄関にプリント置いたよね?」
「そうそう。いやー、あの時は緊張したな。俺って忘れっぽいから、これはなんとしても舞花さんに渡さねば、と思っていたよ」
それにまいちゃんはクスクス笑った。
「そうだよね。昔から真面目だったよね、たかくん」
「ああ」
「実はさ」
唐突にまいちゃんは言った。俺たちは用水路と畑が横に並ぶ通学路を歩いている。
「私、小学生の頃は、周りに同情されてたんだよね」
「それは俺のプリントを渡すときのこと?」
「そう、小学生の頃は、周りの女子からかわいそうに、と言われていたんだけど、中高生に入ると逆に羨ましがられたんだよ。貴敏さんに会えるなんて良いな、って」
「ふーん、そうなんだ。学校では女子は俺のことを眼中にないと思っていたよ」
「小学生の頃は確かに嫌われてたよ?なんか地味だったからね。でも、中高生、特に高校生ぐらいになると、たかくんにみんな密かに憧れていたんだよ」
「そうか、そうだったのかー。高校生の時誰かに告白しとけばよかったぜ」
それにクスクスとまいちゃんは笑う。
「でも、多分フラれるよ」
「なんと!?」
慕われているのに振られるとはどう言うことだ?
「ある程度知り合って話さないと、いきなり告白じゃあ、どんなに慕っていても、女子は振るよ」
「げー」
吐くような真似をする。
「女子ってまじでわからん」
「何事もタイミングよ」
「サヨですか」
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