コラム

《コラム》機動甲冑を支える根幹技術について

・ウーツ鋼


機動甲冑が古代から現代において最強の存在であることを決定付ける、最大の要素はその装甲にある。

その核たるものがウーツ鋼と呼ばれる合金だ。

機動甲冑の装甲材として主に用いられるこの鋼は、ルナティアの技術水準を大きく底上げするだけの重要な要素であったことはもはや誰も否定しないだろう。

構成する物質そのものは、我々が日々扱うハサミや包丁、短剣と同じく、大半が鉄でそこにわずかな炭素などを含むのみ。

重要なのは生成方法にある。

長らくその製法は不明であったが、正規の操者である資格者が現れたことにより、徐々に解明されていくこととなった。

しかしながら、未だ完全な製法への解は得られておらず、事実として古代帝国終末期の技術が投入されたと考えられるボーパレイダーの装甲材に相当する水準の完全再現には至れていないのが現状である。


この合金が持つ特徴は三つ。

一つは絶対的なまでの金属としての剛性。

一つは極めて緻密かつ強力な対魔術防御特性。

一つは非常に高度な魔術との親和性。

ただ「硬い」というだけであれば、金剛石ダイヤモンドと同等程度であるが、ウーツ鋼は脆性破壊に対する抵抗が極めて高い――即ち強力な靭性も備えていることが特筆点である。

我々の想像しうる一般的な鉄製品で硬いもの、と単に例を挙げるのであれば兵士の扱う刀剣や防具が筆頭だろうが、それらとて容易に物理的に破壊せしめる手段は充分に知られており、事実としてそれらは戦火のうちに破壊に至ることを万人が既知である。

一方で現代の我々が知りうる機動甲冑の装甲が破損した事例はわずか数例。そのいずれもが埒外らちがいの力によるものである。

多くの人にとっては「竜殺しシャルル」のドラゴン退治が頭に浮かぶであろうが、まさしくウーツ鋼の破損が見られた特異な状況の具体例と言える。

魔術による損傷にも極めて強い。

呪いの類による劣化、酸による溶解、電気分解など、余人の考え得るほぼすべての手段に強力な抵抗を持っている。

ルナティア国内で魔術を専門に学んだ上位の一割、そのすべてを動員し大規模な儀式魔術を行使したとしても、稼働状態にある機動甲冑の装甲を貫くどころか、かすり傷をつけることすら不可能であろう。

外的なあらゆる効力に対しここまでの絶対性を確保しておきながら、内的な――すなわち操縦者による魔術が及ぼす影響を極めて強く受ける。

熟練の搭乗者が施す魔術防壁は、鉄で生成される物質でありながら、時に熱や電気、磁力すら遮断するほどの絶対性を持つ。

搭乗者による魔術を強化、増幅することも可能であり、高度な魔術を習熟した者が操れば、文字通り天変地異を引き起こすほどの大規模な術式を単独で行使することも可能である。

一方で機動甲冑搭乗者の魔術に対する理解や習熟度のみに依存しないことも明らかであり、搭乗者自身の体調、感情の昂ぶり、精神性の影響により防御特性が変動することも判明している。

先に挙げた「竜殺しシャルル」の事例も、竜による打撃で破損したのは搭乗者であるシャルル自身が「戸惑っていた」と彼自身の口から語られている。その一方で同事例では、同等の打撃を受けても無傷で弾いたという報告もある。したがって搭乗者は常に高い意識と精神状態を保つことが要求される。


では、これほどの「都合のいい」物質がどうして作られようか。

特殊な金属炉を用い、ウーツ鋼専属の魔術師と冶金術士が一昼夜かけて鋳造、鍛造の作業を行うのみである。

言葉にするのは容易いものであるが、実際の生成においては門外不出の技術や魔術が多数用いられていることもあり、ここでそのすべてを明かすことは出来ない。

生成過程はともかくとして、少なくとも材料自体は現在のルナティアでもありふれた物であり、相応の施設さえどうにかしてしまえば、その製造自体はいつでも行える点は見逃せない。

現在もバルティカの各地で機動甲冑由来と思われる巨大なウーツ鋼の鋼材や端材が発見されることから、古代帝国時代には極めて広範囲で機動甲冑の部材が製造されていたのであろうと推測される。



・ニュートロン・エンジン


機動甲冑の心臓とも言える部位。

機動甲冑の研究に携わる者の間でも未だ未解明な物の一つである。

形状としては大きな歯車を折り重ねたようにも見える。また、一部研究者の間では巨大な黒い水蓮の花のようであると形容する者もいる。

専門の技術者、魔術師であっても迂闊に手を出すことが出来ず、この部位の不具合ともなれば完全にお手上げであると言っても過言ではない。

おおよそ判明している限りのことではあるが、地下の龍脈や周囲の大気より収集した魔力を種火とし、非常に微細な物質を内部で加速させ、その振動幅を検知し莫大な魔力を抽出していると考えられる。

機動甲冑が稼働状態に入ってから数々の問題点が浮上しており、その動作の不安定さと先に挙げた構造面での未解明な点とを合わせ、大いに関係者を悩ませる部位でもある。

しかしながら、その仔細が分からずとも、「莫大な魔力を出力可能な内燃機関」であることは共通認識であり、機動甲冑一機が吐き出す魔力があれば、王都で日に運用する魔力を充分に賄うことも十分に可能である。


運転状況にはいくつかの段階を経て最高出力に到達する機構が備わっており、起動直後に全力運転することは通常叶わない。

まず起動時には第一速から入る必要がある。出力としてはおよそ三割以下である。低回転時の出力は不安定な面が見られるため、通常の歩行などの運用であれば充分な運転量ではあるか、この状態での戦闘機動は機体の方で制限がかかる。

次に第二速。戦闘時に主に運用される段階でおよそ五割程度に達する。これだけで大規模な魔術儀式に匹敵する出力である。第一速ほどではないが、出力の面で多少の「ムラ」があるため、搭乗者は常に出力量を把握する必要がある。

最後に全力運転である。機動甲冑の全性能を発揮するため、極めて高い魔力を出力することが可能となる。この状態での回転数や出力量は非常に安定しており、急激な出力低下といった不安定さを持たない。一方でこの状態で出力される魔力量は機体各部への負荷や搭乗者自身への負担が増すといった問題点がある。即ち、常時全力運転を行うことは事実上不可能である。

資格者はこうした数々の不安定な動力の状態を把握する必要に迫られるため、常に冷静な判断と対応が求められる。



鍵剣キーブレイド


機動甲冑と搭乗者を結ぶ最大の要素が「鍵剣」とも呼称される短剣である。

魔術属性として機動甲冑と同一の属性を持った高純度の自然鉱石をふんだんに利用した短剣で、我々が機動甲冑を運用するための最重要機密と言っても過言ではない。

資格者に選ばれた者の鮮血による契約が行われ、「真の名」そのものを鍵剣と機動甲冑に結びつけることとなる。仮に鍵剣を盗み出したとしても、機動甲冑は登録された資格者以外の命令入力を一切受け付けない。

すなわち、資格者、鍵剣、機動甲冑はすべて揃うことで初めて機能するため、略奪は事実上不可能と言える。

機密でありながら、こうして情報公開がされる理由は以上のように単純で、一度登録されてしまった鍵剣は、搭乗者である「資格者」が死亡しない限りは機動甲冑を動かすことがが叶わないからである。


ルナティア国内では資格者は特別な事情が無い限り、常時この短剣を身に着けておくことが定められており、同時に身分証明の印としての効力を持つ。

資格者は女王陛下直轄の騎士という扱いを受け、原則的に既存の法令や義務、命令系統などを一方的に反故にすることも可能ではあり、いかようにもこの点を悪用することは可能である。

しかしながら、これまで悪心を持つ者が資格者として選定されたことがないため、問題視は一切されていない。

あくまで推測であるが、これは機動甲冑の側が資格者をある程度選り好みしている可能性が示唆されている。

これまで資格者の候補に挙げられるも、機動甲冑がその候補者に拒絶を示した例も見られ、精神性やその在り方まで含め、初めて資格者として認められる存在なのではと推察される。

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