第一話 あしたなんてのぞまない( 七 )
静まり返ったなかでバケモノは仔どもの
『
かラん、風鈴の音が、刹貴が声を出すたびに聞こえていた。風鈴とは正反対の、淡白な、低い声だった。
『気に入らぬ。このムスメ、
バケモノが声を発すると、皮膚が裂けて血が滲んだ。
『いかにも。その人間は
「きゃく」
聞くでもなくその情報を受け入れていた仔どもは、変に思って顔を上げた。ますます傷を
声のする方向には誰の姿も見えない。どうやら町のずいぶんはずれまで来たらしく、ただ背の高い
でも、庇ってくれなくてもよかった。
沈黙が漂ったのち、バケモノは、千穿は、ゆるゆると仔どもから離れた。
『 、才津さまのか。そうであるならば、仕方なし。 諦めよう』
ため息でも吐きそうな声音だった。
諦めなくてもいいよ、と言おうと思ったのに、喉は枯れていて声が出ない。
千穿は仔どもを見下げて言い放った。
『命拾いをしたな、ムスメ。二度目はないと思えよ』
でも、とほかの、目玉がいくつも寄り集まった化け物が反論した。それを忌々しげに千穿は切り捨てる。
『聞かん、引く』『どうせ風鈴を買えばただの人間風情、すぐに死ぬんだ、今喰ったって、』『何度も言わせるな』
眼光鋭く睨みつけられ、そのバケモノは仔どもを見、名残惜しそうに転がりだした。
千穿に追い立てられていくバケモノたちを、仔どもはやりきれない思いで見つめた。背を向けて去り、ふと消えたその後ろ姿を、呼び止めようとするのに叶わなかった。声が、喉に張り付いていたせいで。
『風鈴を、しっかり握っておけ、人間』
バケモノたちの姿がすっかり
「ふうりん」
『そうだ、風鈴。それは
はじゃたいまの、何だって。
難しいことを言われても、
すとんとなぜだか納得できた。
そうか、これが。
世界から自分を
なんだ自分はやはり、母からも疎まれていたのか。その存在を見たくないほどに。
もしかしたら、屋敷の人間も仔どもを無視していたのではなくて、見えていなかったのかもしれない。
転がっていた、母から唯一与えられたものを見る。痛む足を引きずって、手を伸ばす。しばらくその輪郭を確かめて、綺麗なままだと分かると安心して仔どもはそれを地面に戻した。
『人間』
いぶかしむような声が仔どもを呼んだ。
仔どもはその声をするほうを見つめ、ぽつりと漏らした。
「いいの」
母が自分を
『いい、とは』
硬い声音はそう訊き返した。
「消さなくったって、かまわない。見えてもいい。死んじゃって、かまわなかった」
これまでのことはすべて期待した、その結果。期待してもいいことなどひとつもないのに期待した、その
「いいんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます