第一話 あしたなんてのぞまない( 四 )
うずうずと腹のそこにこそばゆいような感覚があった。急かされているみたいだ、慌てて立ち上がって、
静かな家の中にそっと滑り込んだ。ごちゃごちゃとたくさんのものが打ち捨てられているなか、ちいさな古びた
しばらくそれを近くで眺めていた。いまの彼女の手は普通の長さをしている気がする。
いつまでたっても気づいてくれないからやがて決心して、女の前に回りこんだ。息を、吸って、吐いて、ひどい傷を受けているくせばくばくと音をたてて
長らく使うことのなかった喉は声を押し出すたびに
「ねえ、あのね。あなた、同じなの」
期待を込めてじっと見つめた。落ち着かなくて手のひらの風鈴をもてあそぶ。長く手にしていたせいで青銅はすでに温く、仔どもの上がった体温を下げてはくれない。けれどその温かさすら心地よかった。なんと返事をくれるのか、考えただけでもなんだか空に浮いてしまえるような気分だった。
けれど待てども待てども返事はこない。
女は時折手を止めながら、それでも紙面に投じた目で文を追っている。
聞こえ、なかったのだろうか。
しばらく躊躇ったあと、もう一度言ってみることにした。
「あの、ねえ。髪が、ね」
言いかけたところで、ふっと女の視線が上がった。とくん、喜びで一瞬心ノ臓がはねる。
こちらを、見た。
「あの、あのね」
勢い込んで言葉を続けようとすると、顔の横を女の長く伸ばした手が通り抜けた。風で、髪が浮く。女は
ひとときは、何が起こったのか分からなかった。その視線の意味に、気づきたくはなかった。
「 あ、」
見えない、なんて。
何で、何で。どうして。こちらを見たのに、確かに見たのに。いるということに、気づいたはずなのに。
「ねえ、ねえ」
仔どもは忙しなく瞬いて、意味なく左右に首を振った。女の手に自分のそれを重ねる。ひんやりとした手。感じるのに、触れているのに、女の筆の動きは止まらない。手を目の前で振ってみた。目を隠してみた。それでも何の障害もないみたいに筆は滑らかに、美しい文字を書き出す。
「 ッ」
見えていない、女の目は自分を映さない。自分の何も、彼女に影響を与えない。
期待はきっと、何度だって裏切られるものなのだ。
喉の奥が引き
澄んだ音色が何十にも重なって、夜を通り抜けていく。
それを美しいと感じる余裕を、仔どもはもう持ち合わせていなかった。
増えたひと。
大路を行きかい、談笑するひとびと。物を売り買うひと。仔どもが存在を知らない、
風鈴を吊るした提灯を、また空の中へ放そうとするひとも。
それはひとというにはあまりに
転げるようにして出てきた仔どもを、
「ねえっ」
助けて、
声を上げてみても、ここにいるのだと
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