JCファーブルの空想特撮昆虫記~クビキリバエ、時々セアカゴケグモ~
烏田かあ
プロローグ
深夜の惨劇
「……今日もヒマだな」
無意識にボヤき、
五分に一度はアクビが膨らみ、涙で視界を滲ませる。
まぶたは鉛のように重く、力を入れていないと開いていることが出来ない。
ウェイターのバイトを始めてから、早二ヶ月。
何度夜勤をこなしても、睡魔との距離感は一向に変わらない。
仕事が忙しければ、眠気を感じることもないのだろう。
だが幸か不幸か、この店は駅からも繁華街からも離れている。
日付が変わる頃になると、来店する客はほぼいない。
今日も店の中にいるのは、窓際に座った女性客だけだ。
見た感じ、二〇歳くらいだろうか。
真っ白なコートには、派手にファーが付いている。
スカートは極端に短く、大胆に足をさらけ出していた。
多少なら目の保養になるが、ああも露骨だと少し下品だ。
金色に近い髪にしろ、真っ赤なマニキュアにしろ、素人にしてはけばけばしい。
もしかしたら、風俗やキャバクラで働いているのかも知れない。
と言うか、昼間働く女なら、一人で深夜のファミレスにやって来ることもないだろう。
年齢の割に高そうなバッグも、貢ぎ物だと考えれば納得が行く。
仕事柄、メイクは濃いが、顔は平均以上に整っている。
反面、やけに青白く、目の下には濃いクマが浮いていた。
客の機嫌を取るために、強い酒でも飲んだのだろうか?
「……今日は六時までか。早く朝になんねぇかな」
アクビと一緒に溜息を吐き、村井は外を眺める。
窓に面した通りには、延々と闇が溜まっていた。
昼間はそこそこ活気のある道だが、今は野良猫一匹見当たらない。
深夜だけボタン式になる信号も、ここ数時間、赤いままだ。
週末でないこともあり、酔っ払いを乗せたタクシーも見掛けない。
店内は極めて静かで、昼間は聞き逃すような音も耳に入る。
やけに腕時計を眺めてしまうのも、秒針の音が鮮明に聞こえるせいかも知れない。
女がコーヒーを注文したのは、三時間ほど前だっただろうか。
カップはとっくに空っぽで、ふちには乾いた口紅がこびり付いている。
コーヒー一杯で、数時間粘る客は珍しくない。
特に深夜来店するような客だと、料理を注文するほうがまれだ。
コーヒーはおかわり自由だが、あまり店員と関わりたくないのかも知れない。
飲み過ぎて体調の悪い客には、よくある話だ。
実際、女は全く身動きせずに、テーブルの一点を見つめている。
バッグのスマホが鳴った時さえ、微動だにしなかった。
まさか、まばたきさえしていないのだろうか。
目はカラカラに乾き、真っ赤に充血している。
まともな人間なら、とても目を開けていられないはずだ。
「……クスリでもやってんじゃねぇだろうな」
村井は口元を押さえ、自分にしか聞こえないように呟く。
何しろ、品がいいとは言えない女だ。
ガラのよくない場所に出入りしていても、おかしくない。
それとも、まばたきがおろそかになるほど、具合が悪いのだろうか。
酒を飲み過ぎたせいで、急性アルコール中毒に陥っているのかも知れない。
「……声、掛けたほうがいいかも知れねぇな」
時給一二〇〇円のフリーターに、客の体調管理までする義務はない。
とは言え、万が一のことがあったら、さすがに寝覚めが悪い。
クスリの影響で暴れ出したとしても、細身の女なら押さえ込めるはずだ。
「あー、メンドーくせぇ……」
村井は小声で吐き捨て、コーヒーの入ったポットを取る。
それから女のテーブルに歩み寄り、マニュアル通りの笑みを浮かべた。
「お客さま、コーヒーのおかわりはいかがでしょうか?」
両手でポットをかかげ、女の顔を覗き込んでみる。
案の定、反応はない。
「あの、お客さま……? 体調でも悪いんですか?」
もう一度呼び掛け、女の肩に手を置く。
僅かに女の身体が揺れると、足下に球体が転がり落ちた。
大きさはサッカーボールほどだろうか。
色は白に近いベージュで、全体に金色の糸が巻き付いている。
派手に
「あ……あ……」
村井は言葉を失い、一歩また一歩と後ずさっていく。
これは、これは……。
人間の生首だ。
「うわぁぁ!?」
喉の奥から悲鳴が溢れ出し、口をこじ開ける。
同時に腰から力が抜け、尻を床に叩き付けた。
ズン! と鈍い音が鳴り、天井の照明が大きく震える。
瞬間、首のない女が前に傾き、テーブルに倒れ込んだ。
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