異世界情報バラエティ「クッキリ」
薪木燻(たきぎいぶる)
本番前「汐留のとあるビルの16階で企画会議をしていたら」
東京湾が見えるテレビ局の16階にあるフリースペースで、放送作家の僕は、20代半ばで同い年のディレクターと新番組の企画を考える打ち合わせをしていた。
打ち合わせの相手は女性ディレクターのミハル。僕とミハルは大学の同期なので、気楽に業界の愚痴を言い合える貴重な関係だった。
雑談から始まった打ち合わせがようやく本題に入ると、ミハルは僕にこう切り出した。
「くまちゃんさ、最近気になる番組ある?」
ミハルは僕のことを「くまちゃん」と呼ぶ。もちろんあだ名だ。
「うーん、そうだな…最近面白いと思ったのは『2次元キャラクター』を、お笑い芸人とかアイドルが育てていく……みたいな番組かな」
「それ深夜に見たことあるかも。『アイキャラ』だっけ?」
「そうそう、それ」
「なかなか尖ったことやってるよね」
「そうなんだよ。でもさ、ああいう番組って企画を通すのが難しいんだよね。編成に面白いところを伝えづらいというか」
その言葉にミハルも共感したところがあるのか、大きくうなずいた。
「そうそう。演者頼みの部分も多いしね~」
「しかも編成の人たちって、まだまだ2次元的なものに抵抗あるみたいだし……」
「あ~わかる~、最近やっとVチューバーとかにも理解を示すようになってきたけどね……」
「はぁ~~」
二人で同時にため息をついた。
どうも最近のテレビ業界は、新しい文化を受け入れるのを拒んでいるように感じる。
特に偉い人たちの立場を揺るがしそうな新しいものに関しては、意図的に排除しているように思える。
ミハルは16階の大きな窓から見える東京タワーを眺めながら呟いた。
「私たちみたいにイカれた企画しか思いつかない人間は、ネット配信事業者とか海外に企画を持っていった方が通るかもしれないね」
「そうかもしれないな」
「まあ、現実味のない話は置いといて、今回の企画募集に出せそうなものを考えようか」
「そうだね」
――いつか何の縛りもなく、自由に番組を立ち上げたい……。
この僕の“心からの願い”は、すぐに叶うことになった。
僕とミハルは朝の情報番組でコンビを組んでいる。
彼女が取材し、撮影してきた素材を元に、一緒に構成を組み立て、ナレーションを考えて、オンエアに乗せる。
その構成の組み立て方だったり、ナレーションの言葉遣いだったりといった微妙なニュアンスが、合う人と、合わない人がいる。
ミハルは同期だった上に、バラエティ番組志望ということもあり、同じゴールが見えていることが多かった。
その“感性の共有”ができるところは、コンビを組んでいく上でとてもやりやすかった。
ただ、放送作家の僕としては、放送業界で革新的な番組企画が通りづらい現状に「このままルーチンワークを続ける作家人生もいいかな……」なんて考えることもある。
今やってる朝の帯番組は番組が終了する可能性も低いし、毎週確実に安定したギャラを貰えることもあって、クリエイティブな意欲がかなり削がれてしまっている。
そんなこともあり、最近では閉塞感があるテレビ業界の状況に抗う気持ちも薄れはじめていた。
――ところが、運命が大きく変わる日はすぐに訪れた。
ミハルとは毎週決まった曜日の決まった時間に企画打ちを開催していた。
その日も、いつものように16階のフリースペースで待っていると、待ち合わせ時間から少し遅れてミハルが姿を見せた。
「おつかれ!遅れてごめん!」
「おっつー、今日はなんだか、ヘリがたくさん飛んでるね」
僕は挨拶がわりにそう言った。
ミハルは、空いている椅子にオフライン編集用のパソコンが入ったリュックを置きながら答えた。
「なんかね、近くで大きな火事があったみたいだよ」
「なるほどね。それで報道のヘリが何機も飛んでるんだ……」
窓の外にはざっと5、6機ほどのヘリコプターが飛んでいるのが見える。
この16階の大きな窓からは、東京タワーや六本木ヒルズ、遠くは富士山まで見渡すことができる。
――その窓に、今、1機のヘリが近づいてきていた。
「ねぇ、くまちゃん、あのヘリ、こっちに向かって来てない?」
「え?嘘でしょ?」
窓を見ると、確かにまっすぐこっちに向かってヘリが飛んできている。
これは明らかに様子がおかしい。
このまま行けば……あと10秒もあれば、この窓を突き破って、僕らは巻き込まれるだろう。
「これ、マズイぞ!」
「ちょ、ちょっと!ヤバいよ!逃げよう!」
ミハルが慌ててリュックを掴んで立ち上がろうとしたその時――
紫色の大きな球体が僕ら2人がいる空間ごと包み込んだ。
そして次の瞬間、そのままギューッと小さく縮んでいった。
(ああ、これ、ブラックホールかな……でも紫だからパープルホール……)
そんなことを考えながら、僕は次第に意識を失っていった――
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