第68話「お風呂を巡る攻防」

「まず入浴の前に、身体にこびりついた戦塵を落とさないとな」


 お湯で身体を拭くぐらいのことは毎日していたが、それでも土と埃と硝煙に塗れて戦った汚れは落としきれない。

 かけ湯しつつ、しっかり身体を洗おうかと思ったのだが、まずは逃げられないうちにロールを洗うのが先だ。


「お前らも、身体を綺麗にしてから入るんだぞ」

「はーい」


 うちの奴隷少女たちは、風呂に入り慣れてるので、言わなくてもわかってると思う。

 それにしても、やたらめったら奴隷少女を一緒に連れてきたら、洗い場が一杯になってしまった。


 これじゃ、のんびりじゃないなと思いつつ、頑張って戦ったのは奴隷少女たちも一緒なので、みんなにも慰安があっていいだろう。


 モンスター石鹸を泡立てつつ、ロールの赤銅色の髪をワシワシと洗ってやる。ホコリでくすんだ髪の色が、艶やかに透き通っていく。

 綺麗にしてれば、ロールだって美少女で通る容姿、なんたって黒妖精(ドワーフ)だ。


「あわわ!」

「フフフッ、観念して綺麗になるんだなロール」


 白妖精(エルフ)ばかりが、持て囃される風潮に、俺は断固として反逆する。

 小柄なロールの褐色の肌も磨き上げてやれば、綺麗になるのだ。


 エルフ娘が金無垢の器だとすれば、ドワーフ娘は銅器の光沢がある。

 趣味にもよるだろうが、味わい深さはドワーフ娘のほうが上、同じ妖精族だから耳だって尖っている。


 いつか、ドワーフ娘の時代がやってくるに違いない。


「ごしゅじんさま、もう、もういいでしょ!」

「うん、まあいいか……」


 たっぷりと泡だらけにしたロールを、桶に汲んだお湯で流してやった。

 他の奴隷少女は、俺に洗われたがるんだが、ロールだけは心の底から本当に嫌がってる。


 だからこそ、俺はロールを特別扱いしてしまうのかもしれない、こうも嫌がられると嗜虐心を唆られる。

 つまりは、俺はわりとSなのかもしれない。お風呂を嫌がる猫とか犬を洗ったり、爪を切るの大好きだったし。


「まあ、俺も楽しいし、ロールも綺麗になるんだし、ウィンウィンだよな」

「ウィンウィンじゃない!」


 完全にむくれてしまった。


「まあまあ、ほらご褒美が用意してあるよ。コレット、ロールに酒をやってくれ」

「はーい」


 ロールも風呂焚いて、自分の嫌なことされただけなのでは少し可哀想なので。

 湯船にお盆を浮かべて、熱燗を用意してやった。


「ごしゅじんさま、これがあるなら、はやくいってよ」

「お前も好きだな……。俺の故郷では、酒を飲みながらゆっくり入浴を楽しむ風習があるんだよ、ロールも試してみるといい」


 あれほど入浴を嫌がってたのに、目の前の器になみなみと酒を注いでやると、キラキラと眼が輝き出す。

 ほんとにドワーフはチョロイ。


「これがあるなら、まいにち、お風呂にはいってもいいよ」

「今日だけ特別だからな」


 風呂場で酒を飲むのが癖になっても困るけど、ロールも風呂に入るのにいい加減、慣れて欲しいので、こういう趣向を考えてみたのだ。


 熱燗といっても、もちろんこの世界に日本酒はない、代わりにワインを使う。


 聞いたらこっちの世界にも、ヴァン・ショーと言うワインを温めて飲む方法があるそうだ。

 本来は、冬場に温めたワインをティーカップに注ぎ、レモンを浮かべてお好みで砂糖や蜂蜜などで甘く味付けして飲むらしい。


 俺なりに結構工夫して、スパイスやハーブで香りづけをして、お風呂で飲むのに適した少し口当たり辛めのホットワインを作ってみた。

 プリミティブな製法の土器で徳利っぽいのを作ってみて、気分だけは俺の故郷風を演出している。


「どうだ、ロール、具合はいいか」

「うーん、しみるねえ。ごしゅじんさまも、はやくやったらいいよ」


 俺も、ぜひやりたいところだな。

 だが、まだ他の奴隷少女も洗ってやらんといかんのだ、露骨にロールだけ特別扱いするわけにもいかん。


「ご主人様、身体を洗いましょうか」

「ああ、頼む」


 ヴィオラの青い髪と、コレットのブラウンの髪を、交互に洗っていたら、後ろからシェリーが俺の背中を洗ってくれた。

 少女たちは、みんなそれなりに仲がいい相手が決まっているらしく、お互いに身体を洗い合っているので、俺が全部洗ってやらなくても問題はない。


 シャロンが居るときは、眼を配ってあぶれた娘がいないか、ちゃんと見てるから安心できる。

 ひと通り済んだと思ったら、シャロンがこっちにやってきた。


「ご主人様、私は身体を洗ってくれる相手がいないんです」

「じゃあ仕方ない、髪だけな……って、タオルを取るな!」


 シャロンが身体に巻いているバスタオルを剥がしにかかったので、俺は慌てて止める。


「だって、身体を洗ってもらうのに」

「洗うのは髪だけだと言ってるだろ、いいから後ろを向け」


 こういうときに限って、シャロンは聞き分けが極端に悪くなるので、俺は溜息をつく。

 俺の横に立っていた、シェリーが慌てて俺に声をかけてきた。


「ご、ご主人様、これ……」

「あっ、すまん」


 慌てたせいで、俺の腰に巻いていたタオルが落ちてしまっていたようだ。

 シェリーは色素の薄い白い頬を真っ赤にして、恥ずかしそうにタオルを渡してくれる。

 俺は渡されたタオルを、慌てて腰に巻き直す。

 シェリーは、頬を真っ赤に染めて、ほけっとした顔で呆然とこっちを見てくる。


 そりゃ俺も失礼したが、なんなんだそこまでのことか?

 うーんまあ、シェリーもいっちょ前に恥ずかしがるとか、ちゃんとレディーなんだな。


 いや、彼女は自分の裸体を隠そうともしないから、なんか恥ずかしがるポイントがズレてるような気がする。


 何か違和感を感じて、俺は屈むようにしてシェリーの顔を眺めた。

 シェリーは肌の色素がとても薄いので、感情を高ぶらせると頬や肩のあたりの肌が、すぐに桜色に染まる。


「ああっ、ご主人様すご……いえ見てしまって、申し訳ございません」

「……いや、シェリーも髪を洗ったほうがいいか」


 ちょっと反応がおかしいのが気になったが、風呂でのぼせたわけではないようだし、大丈夫だろう。

 さっきシェリーに背中を洗ってもらったから、洗い返さないのは悪い気がしたので、洗うか聞いてみる。


「いっ、いえ。さっきシャロンお姉様に、髪も身体も洗っていただきました」

「そうか、ならいいが」


 確かにシェリーの銀糸のような透き通った光沢のある髪は、綺麗になっている。

 シェリーと話してると、シャロンが拗ねたような声色で俺を急かす。


「あのご主人様、私は!」

「わかっているよ」


 石鹸を泡立てて、シャロンの淡いオレンジ色の髪を洗ってやる。

 バスタオルを取ろうとさえしなければ、獣人の血が混じってるシャロンの髪を洗うのは面白くて好きなのだ。


 さっとお湯をかけると、淡いオレンジが琥珀色に変化していく。

 犬耳に水が入らないように気をつけながら、泡で丁寧に洗ってやる。


 犬耳の周りだけ、動物特有の少し固い毛の感じがして面白い。

 いろいろと支障がなければ、お尻に生えている小さい尻尾も洗ってやりたいぐらいなんだが、そこはさすがにマズイ。


「ご主人様、背中も……」

「だからシャロンは、バスタオルを取るなと言ってるだろ!」


 聞き分けが悪い、俺が困ってるのを見かねたのか。

 シェリーが、俺に代わって身体を洗うからとシャロンをなだめてくれる。


 さすがにシャロンも部下の手前、わがままばかり言いかねたらしい。


「じゃあ、仕方ありませんね、シェリーにお願いします」


 シェリーに、あとでご褒美をやらなきゃいけないな。

 彼女はもともと聡明すぎるほどだが、こういう時もよく気がつく娘だと思う。


「使える人材か……」


 ようやく奴隷少女達を洗う仕事を済ませて、湯船に浸かりながら、そんなことをつぶやいてみる。

 こいつは使えるとか、使えないとか、そんな見方でしか人を見れないのは悲しいとは思うのだが、職業病だなこれは。


「ごしゅじんさまも、もっとちからをぬいて、いっぱいやりなよー」

「俺が、用意した酒だと思うんだが……」


 ロールが酒を勧めてくれる。

 まあ、ロールの言う通りではある、せっかくの風呂なんだから肩の力を抜くべきだ。


 お盆に浮かんだホットワインを、勧められるままに一杯やりながら、俺はようやくリラックスして、温かい湯の中で手足をゆるりと伸ばした。


 俺は一杯、ロールはイッパイ。

 湯に浸かって、共に酒を酌み交わせば、気分がよくなるのは道理だ。


「おふろはすきじゃないけど、さけはすきー」

「ふうっ、これは風情だなあ」


 好事魔多しと言うが、こうやって気分によく油断したあたりで、リアがやってくるんだよな……。

 ほら、ドタバタと、脱衣場の方から騒がしい声が聞こえてきた。


 バスタオルの使い方を覚えない女が、盛大に巨大な二つの肉の塊を揺らしながら入ってきた。

 とりあえず、奴隷少女たちを洗う時間を邪魔しなかっただけ、配慮してるつもりなんだろうな。


「さあわたくしも、是非ともご一緒させていただきますよ」

「ステリアーナさん、タオルで前を隠してください!」


 あらかじめシャロンに、リアが来たら抑えるようには言ってあるので、心配要らないだろう。

 リアが無駄にでかい乳を揺らしてどれほど暴れ回ろうが、これだけの数の奴隷少女のガードを超えて、攻めてくることはできまい。


 シャロンとリアのキャットファイトを見るのも、かなり差し障りがあるので俺は眼を背けて。

 風呂の小さい窓から上弦の月を眺めながら、こっちは余裕で風呂を楽しむだけだ。


「クックック、アーサマのとこの小娘は苦戦してるようじゃな」


 ザバーと、湯船の中から白いツインテールが出てきたので、ビックリした。

 どっから入ってきた。


「オラクル、お前も風呂に入るんだな」

「何を言っとるんじゃ、ワシは前から入っとったぞ」


 そうなのか、ぜんぜん知らなかった。


「もしかして、リアと一緒に来たのか」

「そうじゃ、あの小娘に、タケルを一緒に攻めようと誘われての」


「なんでシスターと魔族が共闘してるんだよ」


 アーサマ教会と魔族は、八千年間敵対しあってるんだろ。

 お前ら、もっと自分の設定を大事にしろよ。


「もちろん、あやつを倒すのはワシじゃが、こんなところで倒されてしまってはつまらんからのう」

「なんだその、最大の敵を前にしてライバル同士協力するみたいな熱い展開……」


 俺か、実は俺がラスボスだったのか?


「あの小娘がおとりになっている間に、ワシが本丸を攻める作戦じゃよ」

「まあ、確かにこの鉄壁の防衛網をかいくぐって来たのはすごいけどさ……」


 大浴場の浴槽の一番奥に俺がいて、その周りをシュザンヌとクローティアが巡回して、さらにその周りに奴隷少女たちが肉壁を形成しているのだ。

 この囲みを、潜水して突破したのか。


「それにしても、風呂というやつはこっちにきて初めて経験したが、具合がよいものじゃな」

「そうだろう」


 攻めるという割には、普通に雑談に入るオラクルちゃんに、俺も油断してしまう。

 なにせ外見だけは、奴隷少女たちに混じってもさほど違和感はない、護衛が何も言わないのも当然だった。


「ワシのダンジョンにも、いずれこういうデカイ風呂を作るかのう」

「おー、そりゃいいね。冒険者がダンジョンに風呂を見つけたら、喜ぶんじゃないか」


 まあ、まずは罠じゃないかと思って警戒するだろうけど。

 たしかダンジョン系ゲームに、凄い深さの風呂ってあったような気がする、それも気持ちいいけどあまり深く潜ると溺れるって罠だったんだよな。


「ちょっと考えたんじゃが、こういうのはどうじゃろう」


 オラクルちゃんが、水中で印を結んで、小声で呪文を唱えると。

 水中でブクブクとお湯が泡立ち始めた。


「おお、ジェットバスか、これは気持ちいい」

「じゃろう、ダンジョンの生簀(いけす)に酸素を送る魔法なんじゃが、こういう使い方もできると思ってな」


 曝気(エアーレーション)の魔法なんてあるんだな。

 初めて知った、これはレア魔法なんじゃないか。


 オラクル大洞穴は、水草も生えない地下八階に、海蛇や大王烏賊を生息させたりしていたが。

 こういう地味な水質管理や空気循環の魔法技術が支えていたのかと、感心した。


「すごいなあ、オラクル。こういう魔法を使えば、食糧問題も改善するかも」


 シレジエ王国の内陸は、新鮮な魚なんてまず口に入らないからな。

 旨い魚が食える養殖用の生簀ができたら、すごい嬉しいんだけど。


「フフッ、まあ使い方は様々じゃろうな」


 オラクルちゃんは、笑いながらシュルっとツインテールの紐を引っ張って、髪を解く。

 気泡が浮き立つ水面に、さらっと白いオラクルの髪が流れて広がっていく。


 温かい湯船に居るのに、俺はそれを眺めていると、動機が激しくなってなんだかゾクッと身体が強張った。


「なあぁ、タケルぅ」

「なんだよ」


 ゴロゴロと猫が喉を鳴らすようなオラクルちゃんの声と、その仕草がやけに艶やかに感じる。

 オラクルは、スーと俺のところまで泳いでくると、そのまま俺の胸に手をついてピトリと重なった。


「お、おい……」

「こんなに激しく泡立ってると、お湯の中で何が起こってるかなんて、誰にもわからんじゃろう、……おっと下手に動くなよ」


 オラクルの長い髪が、俺の硬くなった身体を柔らかく包み込んでしまう。

 その瞬間、俺の身体のつま先から脳天まで、ビリッと強烈な衝撃が走った。


「おまっえ……、こんなところで」

「少女たちには、気づかれたくないじゃろう。タケルにだって、ご主人様の威厳ってものがあるものな……。なあに、ちょっとだけジッとして、ワシに身を任せてくれればいいんじゃ」


「ふっ、ふざけるなよ、オラクル」


 俺の切迫した声を聞いて、近くにいるシュザンヌとクローティアが流れてきた。


「大丈夫ですか、ご主人様!」

「何かございましたか」


「ああっ……いや」


 これはどう言ったらいいものか、俺は息が詰まってしまう。

 しっかりと、オラクルに抱きすくめられているので、身動きすら取れない。


「ウフフッ、ワシらは仲良くじゃれてるだけじゃよ、なあタケル?」

「そっ、そうだな、心配はない」


 オラクルちゃんが、俺の上ではしゃぐように跳ねて見せる。

 本当は、大丈夫じゃねえ。


「しかし、少し顔色が優れないような……」

「お二人とも、近づいてはいけません! ご主人様は、大丈夫ですから、ほらリアさんをおさえにかからないといけませんよ」


 いつの間に近くに潜っていたのか、シェリーが水面から真っ赤な顔を上げて現れた。

 そのまま、訝しがるシュザンヌたちを説得して、浴槽の前衛へと押し出してくれた。


 さすがシェリー助かる、本当にホッとした、息と力がスッと抜けていく。

 ああ……。


「おや、まあ……三分弱ってとこか。タケルも若いのう」

「ああもう、オラクルどっかいけ!」


 オラクルちゃんは、クククッと形の良い唇で艶笑を形作ると、俺にチュッとキスしてから、身を離した。


 泳ぐと、湯船に流れているリボンをさっと握って、また白い髪をツインテールにシュッと結んだ。

 その瞬間に、もういつもの無邪気なオラクルちゃんに戻っている。


「おおそうじゃ、タケル。大事なことを言い忘れておった」

「なんだよ」


 オラクルは、また俺の耳たぶに唇をつけて囁く。


「ごちそうさま……」

「うるさいよ!」


 オラクルちゃんは、アハハと笑って、そのままザブンと潜水して、どっかに行ってしまった。

 微妙に冷めた気持ちの俺を残して、まったく。


 もうどうでもいいんだが、その間にもお風呂場での無益な争いは続いている。

 多くの奴隷少女に絡みつかれながらも、果敢に攻めるリアが、浴槽の中にまで侵入していたところだった。


「わたくしの邪魔をすると、アーサマの罰が当たりますよ!」

「私たちも敬虔なる信徒ですよ!」


 他の少女はともかく、リアと互角の体格と気迫を持つシャロンが抑えにかかっているので、さすがのリアもそれ以上は進めないようだった。


「ちょっと、オラクルさんどこに行ったんですか。今度は是非もなくわたくしの番だと思いますよ!」

「ふむ、そういう契約じゃったから、手助けしてやるかの」


 いつの間にか、リアの横まで潜水していたオラクルは、名前を呼ばれると水面から顔をあげて、指で印を組みつつ魔法を唱えた。


「ああっ、なんですかこれ!」

「身動きできません」


 シャロンを含めた奴隷少女たちは、急にお湯に絡みつかれて、身動きが取れなくなったようだ。

 水流を支配できる呪文は、お風呂場ではかなり強力である。


「やりました、これでわたくしも是非もなく突破です!」


 リアが、喜び勇んでこっちにジャバジャバと盛大にお湯を掻き分けてやってくる。

 騒がしいことこの上ない。


「それで、リアはどうするつもりなんだよ」

「こうします」


 リアは、そのまま抱きついてきて、むにゅっと柔らかい肉を俺の顔に押し当てた。

 ワンパターン。


「あれ、今日のタケルは、やけに反応薄いですね」

「前から思ってたんだけど、リアはこれをやって何が楽しいんだ」


「タケルが気持ちいいんじゃないかと思って、是非やってます」

「胸を押し当てて、自分が気持ちいいわけじゃないんだろうに……」


 これでリアに気持ちよくなられても困るが。


「タケルの気持ちいいが、わたくしの気持ちいいです!」

「そうか、それは奉仕の精神に溢れてて結構なことだな」


「今日は本当に、反応おかしいですね。うーん、是非もなく賢者モードですか?」

「なっ……」


 リアはこっち方面では、妙に鋭いことがあるので困る。

 そのままむにゅむにゅと、胸に胸を押し当てられて、ジッと碧い瞳で見つめられると、息が詰まりそうになる。


「まあ、男の子には、そんな日もありますか」

「そんなことも、あるよ……お前もバカなことばかりやってないで、たまには普通に風呂を楽しめ」


 賢者モードとか自分で言ってて、意味はわかってないらしい。

 リアは、建国王レンスが残した怪しい古書でしか日本の現代知識を知らないので、理解がちぐはぐな時がある。


「タケルがわたくしの身体も綺麗にしてくれるなら、是非とも楽しめますけどね」

「リアは十分綺麗だろ」


「ななっ、何を言ってるんですか!」


 リアは顔を真赤にして、ずりっと湯船に顔を埋めた、ブクブクと泡を吹いている。

 なんだこの反応……ああ、そういうことか。


 単純に、もう身体は洗ったんだろって意味でいったんだが、まあ大人しくなったからいいや。


「もう、もう! そういう不意打ちは卑怯ですよ、そういうのは是非二人っきりのときにおねがいします」


 リアは、何が楽しいのか満面の笑みで擦り寄ってきて、お湯の中で俺の手を握ってくる。

 まあ、この程度なら邪魔にならんからいいが。


 黙っていれば濡れたリアの髪は金糸のようで、鑑賞物としては美しいのだ。

 肉体の方は、眼の端に入るだけで、落ち着かないことこの上ないが。


 しかし、程なくして、オラクルの水流拘束の魔法が解けたのか。

 復活したシャロンたちに引きずられるようにして、リアは風呂場の向こうの角に連行されていった。


 わーきゃーと、騒ぐ声が遠くに聞こえる中で。

 俺は、今一度お湯の温かさで緩んだ身体を、湯船に浮かべてリラックスする。


「はぁ……」


 泡の魔法の残滓におされて、お盆に乗った熱燗がスーと流れてくるので。

 俺は、それを受け取ってもう一杯だけ引っ掛けることにした。


 風呂場の端っこでは、ロールが縁に手をついて、グイグイとホットワインを呑んでいる。

 それをコレットが、せっせと新しい熱燗を作っては、器に注いでやっているのが面白い。


 まるで居酒屋みたいだ。

 あの二人は、どこにいても自分だけの役割を持っていて、独特な自分の空気を作る。


「俺もあれぐらい、我関せずの貫禄が欲しいところだが」


 なかなか人の資質というのは、変わらないもので、すぐには成長できない。

 結局、まったり風呂に入る風情とは程遠くなったが、まあ良いか。


 存分に温まったし、身体を休めることにはなった。


 俺は風呂場の窓から、ぼんやりと空に浮かぶ半月を眺めて。

 少し辛めの酒をグイッと傾けるのだった……。


     ※※※


 これで終われば、まだ良かったんだが、そうは問屋がおろさないのがリアルファンタジー。

 のんびり風呂に浸かってる俺の前に、カロリーン公女が現れて、かなり焦った。


 カロリーン公女は、マジマジと俺を間近で眺めてから、ようやく気がついたのか高らかに悲鳴をあげる。

 お風呂場ではメガネをかけていない近眼の彼女は、近づかないとわからない。


「えっ、ええっ! きゃああああっ!」


 リアとシャロンたちがワーキャー騒いでた空気が、公女の悲鳴で凍る。

 この前みたいに、驚いたあまりタオルを落として裸体を晒さないだけ、公女も成長した。


 しかし、またこのパターンかよ。

 俺の知らない間に、カロリーン公女とシルエット姫とジルさんが連れ立って入ってきてたのだ。


 お風呂場は、俺が大量に呼んだ奴隷少女でひしめき合っているので、彼女たちは俺が湯船の奥の方に居るのに気が付かなかったらしい。

 俺も気が付かなかった、奴隷少女でカモフラージュが逆効果になってしまったのだ、自業自得である。


「なんで勇者様が、みんなと、おっ、お風呂に入ってるんですか!」

「いや、すみません」


 こういう事態に慣れきっているシルエット姫とジルさんは平然としたものだが、カロリーン公女には、しっかり怒られてしまった。

 怒られるのは悲しいが、このまともな反応には、少し救われる思いもする。


「あの公女様、ご主人様と奴隷少女が一緒に入るのはしきたりでして、この勝手に混じってきたステリアーナさんはともかく」

「公女殿下、勇者とシスターが一緒に入るのは是非ともおかしくないんですよ、このでっかい奴隷少女はともかく」


 シャロンとリアが、口々に説得するが、さすがに人のよい公女も今回は納得しなかった。

 当たり前だ、お前ら公女を言いくるめる気があるなら、まずタオルをつけろ。


「おかしいです、こんなの絶対におかしいですよ!」


 お風呂場に響き渡るカロリーン公女の声。

 まったくもって、正論である、耳が痛い。


 そんな公女をよそに、シルエット姫は平然とタオルを取ると、かけ湯して俺の横にスルッと入ってきた。

 そしてなぜか、ピトッと俺に身体をひっつけてくる、意味がよくわかりません。


 俺は、程よく薄い胸をすりつけてくるシルエット姫より、ジルさんが平然と湯船に入ってくるのに結構ダメージが来る。


 黒髪のポニーテールで日焼けしてるジルさんは、プロポーションがやたら良い日本人のお姉さんに見えることがあるんだよな。

 その分だけ、俺に肉感的なリアリティを感じさせて、ちょっとマズイのだ。


「タケル様」

「なんでしょうか姫様」


「やっぱりタケル様の反応は、妾(わらわ)に少し失礼だと思います、もうちょっとこう何かありませんか?」

「うーん、ドキドキしないことはないです」


「そうですか……」

「あー、あの姫はお美しいですよ!」


 姫がまたネガティブ入って、ブクブクと水面に沈んでしまった。

 どういう反応をしたら、ネガティブ姫様が満足するのか、いまいちよくわからないでいる。


 あと、何度でも言うけどジルさんは護衛の仕事をしろ。

 浴槽に沈んでる姫様を無視して、風呂場で気持ちよさそうに甘いため息をついている場合か。


 その間も、カロリーン公女がずっと「みんなおかしいですよ!」って叫んでいたが、多勢に無勢。

 リアとシャロンに引きずられるようにして、脱衣場に消えていった。言ってることは彼女がまったく正しいのだ。


 なんか、公女には毎回、申し訳ない感じがする。


 それにしても、俺が一人でゆっくり風呂に入れるのは、いつになるんだろう。

 まあいい、十分温まったし、そろそろ上がるか……。

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