第6話 地理を確認しよう

「このひし形に見えるのが大陸な。そんで、俺たちがいるのはここ」

「山の中なんだね」

「うん。この村は地図にも描かれていなかったし、ガロって村からここまできたんだけど、村の人もこの場所の事は知らなかったかな」


 アメリアに分かりやすいよう、今いる位置に人差し指を置く。

 ひし形にも見える大陸は内陸部は深い山脈になっていて、山脈は東西に伸びている。

 俺がベルンハルトと別れた場所は大陸西部の端にある港街「トロン」。そこから東へ東へ行商をしながら進み、最も山が深い場所で北に折れたらこの地「アガルタ」に行き着くってわけだ。ここから北は高い山。地図によると東西は深い森になっている。というわけで、ここから他の村を目指すとなると南へ下るしかない。

 南にくだり、西に行くと俺がきたガロの村。反対側はまだ行ったことがないけど、村があると聞いている。

 村があるという情報は間違っていないと思う。何故なら、獣道に近い道がずっと続いていたからだ。

 

「なるほどー。南に進んでそれから、どっちに行くの?」

「どうせ行くなら東がいいかなってさ」

「うん! 楽しみ。じゃあ、次はこの村……過去にグランヌと呼ばれていた村についてだったよね。今はアガルタだったっけえ?」

「くう。ワザとらしい。そうだよ。アガルタだよ!」


 自分で宣言したこととはいえ、まだ気恥ずかしいんだよ。理想郷アガルタといっても今はまだ廃村だからね。

 やれやれと顔を背けた俺の腕をアメリアが両手で掴む。

 さあさあとばかりに彼女はぐいぐいと俺を引っ張ってきた。

 

「よっし、じゃあ、歩きながら解説してしんぜよう!」

「おう! 頼んだぞ。先住民」

「ひどーい。何それ」


 言葉では非難していても、コロコロと笑う彼女は前方を指さす。

 旧グランヌ村の入口だな。入口は最南端にあり、そこから真っ直ぐと馬車一台分くらいの道が続き、俺たちが今いる円形の広場に繋がる。

 村の居住地はざっくりと言うと長方形。短い辺の方に村の入口がある。


「こっちこっち」

 

 今は家が全て取り除かれて道と住居跡の区別がつかないけど、元あった道の部分をアメリアに手を引かれ進んで行く。

 お、ここは。

 入口から見て西側奥が丘になっていて細い木製の階段が続いているのが見えた。


「お、ここは分かる。この細い階段を登って行くと女神像があったところだろ」

「うん。よくできました。だけど、そのまま更に奥に行くと小川が流れているんだよ」


 小川かあ。

 となると、水はそこから。

 ぐるりと周囲を見渡してみると、井戸がちらほらあるのが確認できた。


「小川まで行かなくても、井戸があるかあ」

「うん、だけど、一つ以外は使っていないからちゃんと使えるのか分からないよ」

「りょーかい」


 しかし、見渡せばすぐに目に付くのがやはり見事な虹だ。

 井戸を探したつもりがついつい目が虹の方にいってしまう。虹は俺をひきつけてやまない魅力的な存在なんだなと改めて思う。

 件の虹は村の北東側にアーチを描いてかかっている。

 東側から北東辺りに切り立った崖があって、崖の中腹から北側の森にかかるように虹が伸びている。

 北はすぐに深い森になり目算で三キロほど行くと急激な傾斜があり、山深くなっていく。

 まあ、一言で言うと森の中にぽっかり空いた広場に村があるってところかな。

 

「アメリア、村の紹介をしてくれてありがとう」

「ううん」

 

 元いた広場に戻り、一息つく。

 そこで彼女は何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「そうそう、エリオは行商をやっているんだよね?」

「うん。ガロ村で仕入れたものがあるから、それを次の村で売ろうと思っているよ」

「そっかあ。もう仕入れは必要ない?」

「いやいや。もっともっともっと持てるよ。何せほら、俺にはドールハウス体積自在があるし」

「それじゃあ、ここには残念ながら村人がいないから商品の購入はできないけど、仕入れならお手伝いできるかも」

「う、うん?」


 赤毛を揺らし握りこぶしを作ったアメリアがそんなことを呟いた。

 曖昧に頷きを返したものの、俺は彼女にどう聞き返せばいいか迷っている。

 これまでいろんな村を回った経験上、どれほど小さな村でも仕入れできる商品は何かしらある。

 農作物だったり、工芸品だったり……だけどこの村は廃村だということに加え、炎竜の襲撃で民家の半数が燃えてしまった。

 アメリアが一人で維持していた畑も、焼失しているかもしれないって状況だ。

 

「農作物が残っていたら……持って行けるとありがたいかな」

 

 あるとすれば農作物くらいかなと浮かんだまんま口をついて出てしまった。

 でも、全焼しているかもしれないって思いもあって後ろ暗い気持ちになってしまい、頭をかき誤魔化すような態度をとってしまう。

 ところが彼女は、「それじゃない」と示すように左右に首を振り、腰の後ろで両手を組みにこやかな笑顔を見せた。

 

「畑の作物も売ることができるのね。その手は思いつかなかったよお」

「大き目の村や街なら農作物でも十分商売になるんだよ。でも、農村だと同じような作物を作っているからありふれた作物だと難しい。果物とか珍しい作物なら話は変わるけどね」

「うーん。ここにあるのは、どこにでもあるような穀物と根菜だけよ。それに、私が食べる分だけしか無いかな」

「無理しなくてもいいよ。ここで販売しなかった分、商品はあるから」


 慰めるように言ったつもりだったんだけど、彼女の表情は変わらない。

 でも彼女と会話していてどこか違和感を覚える。何だかお話しが噛み合っていないような……。

 俺の慰めに対し、彼女は指を一本立て「聞いて」とばかりに真っ直ぐに俺を見つめてきた。

 やっぱり、どこか食い違っているよな? へこむどころか嬉しそうなんだもの彼女。


「そうじゃないの。エリオ。農作物じゃあなくってね。商品になるのかは分からないけど、私ね、薬師なの」

「お、おおお! そうだったのか! 薬師のいない村は多くて、大きな街まで薬を買いに行く人も多いって聞く」


 彼女の笑顔の原因はこれだったのか。

 自分の勝手な勘違いに気恥ずかしくなり、鼻を指先でさする。

 対する彼女はぺろっと可愛らしく舌を出し、俺と同じように鼻の頭にちょこんと指先をのせた。

 

「お爺ちゃんほど腕はよくないんだけどね!」

「いやいや、薬師は貴重だよ! ポーションや薬を求めている人は辺境ほど多いから」


 村、街でポーションを見かけたら仕入れするようにしているくらい薬は人気商品なんだ。

 風邪、傷などなど生活をしていると様々な場面で薬が必要になってくる。


「薬師道具が残っていたらいいんだけど……」

「あ、そうか。材料になる薬草とか果実なんかは残っているのかな?」

「道中で採集をすれば大丈夫よ」

「えっと、アメリアの家はどれだろう?」


 村にあった民家は全て小さくしてしまっていた。

 彼女の道具が残っているのかは、中を見てみないとな。

 

「そうだったね! エリオがミニサイズにしていたんだ」

「そうだったんだよ」


 布を敷いて、その上におもちゃのようなミニサイズになった民家を並べる。

 アメリアが赤い屋根が一部残る焼け落ちた家にそっと指先で触れた。

 

「これが私の家だよ。エリオ」


 そう言って気丈にもはにかむアメリア。

 だけど、彼女の指し示した家は半焼どころか全焼に近く、大半が黒い炭と化している。強く握ると崩れそうなほどに。

 余りの惨状に胸がチクりとしつつも、彼女の家を固有能力で元の大きさに戻す。

 

「見てくるね」

「うん」


 無残な姿になった自宅を前にしても彼女は表情を変えることなく入口の扉が無くなってしまった家に入っていく。

 見た目こそ先ほどと変わりなく見える彼女だったが、家に足を踏み入れる時、僅かに肩が震えたのが見て取れた。

 

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