元勇者パーティーの運び屋と生け贄の少女

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第1章

第1話 人間が敗北した日

 大地が悲鳴を上げる。隆起し、爆ぜ、次々に地形が変わっていく。そこでは世界の命運をかけた壮絶な戦いが繰り広げられていた。


 鮮血が何重にも塗りたくられた地面。そこにはいくつもの死が、まるで石ころのように転がっている。


 倒れ伏す死体は人より悪魔の方が多い。


 立っているのも人より悪魔の方が多い。


 人は絶対数で悪魔に負けていた。それでも戦線を維持できているのは勇者が最前線で奮闘しているからに他ならない。


 勇者とその仲間たちは、次々に襲いかかってくる悪魔を打ち倒す。その勇ましさと強さが、後ろに続く兵士たちを鼓舞した。


 悪魔を切り伏せ前に進む勇者の背中に、黒髪の少年――アリス・キルセットは叫ぶ。


 ――行っちゃ駄目だ!


 だが、声は出ない。身体は言うことを聞かず、決められた動作で目の前の悪魔を殺し続ける。


 当たり前だ。これは夢だ。過去の出来事をなぞっているに過ぎない。だから、この先に待ち受ける結末をアリスだけは知っていた。


「アレックス! ここは俺たちに任せて行け!」


 仲間の一人が叫んだ。


 それを受けた赤髪の少年は迷いなく頷くと、数名の仲間を引き連れて魔王の下へ駆け出す。


 ――駄目なのに!


 今すぐに引き留めなければならない。無理と知っていても、無意味とわかっていても、その背中に叫び続ける。


 戦いは苛烈さを増し、そして終局が訪れた。


 轟音が大地を揺らす。


 禍々しい紫色の光が押し寄せる。


 破壊の波がその場にいたすべてを飲み込んだ。



 細めていた目を開くと、そこは王都だった。中央広場に大衆が集められている。広場の真ん中にはいくつもの棒が据えられていた。


 そこに縛りつけられている面々を見て、アリスの心が軋む。


 勇者アレックスとそのパーティー。みんなボロボロで、瞳には生気がなかった。


 これだけの人が集まっていて、助けようとする者はいない。いるはずがない。見渡せばそこかしこに悪魔の姿がある。あそこに仲間入りしたいとは誰も思わない。


 アリスはその一番後ろにいた。フードを目深に被り、隠れるように顔を俯ける。多くの仲間が死んで、多くの仲間が捕まった。それなのに自分だけは運良く生き延びて、逃げ切れて、ここにいた。


 アレックスたちが処刑される様を見て、助けなければならないと思った。だが、足は動かなかった。その場に縫いつけられたように、ただ眺めることしかできなかった。


 助けたところで意味がないと弱い心が言った。


 そうだ。勝てるわけがない。


 勇者ですら魔王に負けたのだから。


 見まいとしても、自然と視線が上がる。ふと、仲間の一人と目が合った。彼女の瞳に微かな光が灯る。彼女は「助けて」と叫んだ。


 弱い心が黙れと呟いた。こっちを見るなと叫んだ。勇者パーティーに生き残りがいると知られたら、間違いなく殺しに来る。ともに戦ってくれる仲間はどこにもいない。間違いなく殺される。


 最悪な気分だった。


「ごめん……」


 自分の命欲しさに仲間を切り捨てることのできる薄情者――それがアリスだった。


 目を逸らしたアリスを見て、彼女は思いつく限りの罵声を浴びせてきた。


 彼女が死を前にして狂ったと思ったらしく、悪魔は指をさして笑い、大衆は哀れな目を向けた。


「私たちは、みんなのために戦ったのに!」


 人々は目を伏せた。誰もが彼らの功績を知っていて、自分たちのために戦ってくれたと知っていて、あっさりと見捨てた。そうしなければ自分たちが殺されてしまうから。


 勇者たちの足元に火が投げられる。火刑。その惨たらしい殺し方は人間たちへの見せしめだ。悪魔に逆らえばこうなるのだと、恐怖を刻みつけるための。


 彼らの悲鳴が、絶叫が、人々に絶望を与える。


「やめてくれ……」


 アリスは瞼をきつく閉じて耳を塞いで、やめろと言い続けた。


 もう見たくない。それなのに身体は勝手に目を開く。


 アレックスと目が合った。死の淵においてなお、その瞳は絶望に屈することはなかった。ただ強い光が宿っていた、それは無念を抱いて死にゆく者の目ではなかった。


 彼と過ごした日々が、そこから彼の言葉を受け取る。


 ――あとは頼んだ。

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