SS13.トリックオアトリート
急な季節の移ろいを乗り越えて、十月も最後の日になった。ハロウィンだ。
「かぼちゃプリンでも作りますか」
「唐突だな」
「ハロウィンですし。ああ、あれやっときましょうか。トリックオアトリート。家の中ですから、三秒以内で! さん、にー、いち……」
「ない」
「トリックですね」
そう言って、遥香は蓮也の膝に飛び込んできた。実際のところこれでいたずらになっているのかは微妙なところだが、楽しそうなのでそういうことにしておく。
「さて、今年はなにかしますか? 一応やることがないわけではありませんが」
「やること、ねぇ」
「思いつかなかったらかぼちゃプリンを作りましょう」
「やけにかぼちゃプリンにこだわるな」
「だって、ハロウィンですし」
言いたいことはわからなくもない。別に蓮也も遥香もそういうイベントで馬鹿騒ぎする方ではないが、周囲が盛り上がっているなら少しくらいその空気を楽しんでみようという感じだ。だから、このくらいで丁度いい。
「では、作りましょうか」
「手伝う」
「ええ。お願いします」
お願いすると言ったわりにはいつもほとんど一人で作業を終わらせてしまうが、下手に手を出すよりも遥香に任せた方がいいところは多いので手は出さない。もっとも、蓮也もプリンくらいなら一応は作れるようにはなった。多少の手伝いはできる。
「こうやって、なんでもないことを一緒にしましょう」
「ん?」
「騒いだりするのは私たちは少し違う気がしますか、少しくらいは……ね?」
「ああ、いいと思う。ほどほどに楽しむくらいで」
「というわけで、蓮也くんもトリックオアトリートしてくださいな?」
「そっちから言い出すってことは、なんか持ってるだろ」
「ええ、まあ。というか蓮也くんもいたずらしたいのですね」
「まあ、一応はな」
別になにかをすると決めているわけではないが、いつもは遥香にしてやられてばかりなので、こういうタイミングでは軽く仕返しくらいはしてやりたいところだと思ってはいる。ただ、その方向は全く決めていない。
「お菓子を常備しておくことにしましょう」
「それは反則だろ」
「いえいえ、ハロウィンの基本ですよ」
どちらかと言えば仮装とかそういうものな気がするが、そんなことを言ってしまえば仮装させられてしまうので黙っておく。
プリンを作って冷やす。それなりに時間がかかるので、なにか時間を潰せることを二人で考えることにした。
「そういえばこの本、読みました?」
「読んだ。こういう、伏線っていうのかな。そういうのがちゃんとしてる作品は好きだよ」
「そうでしょうそうでしょう。かくいう私も、そういうものが好きです」
「知ってるよ」
蓮也と遥香の好みはよく似ている。食べ物なんかは違うが、趣味の範囲ではこうして共有することができる。
のんびりと小説の感想を語り合う。あそこがああだった、ここがそうだった。いや、そこはこうじゃないか、と。なんでもない感想を言い合うだけの時間。
「それでですね。あの少女が……」
「……あははっ!」
「な、なに。怖い」
「いや、遥香がそうやって熱くなって喋るのって、あんまりないだろ?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。ずっと一緒にいたけど、多分初めてかな」
「そうなのかな……」
今になって新しい遥香が見られた気がして少しだけ嬉しくなる。新しい発見というわけではないが、こうして好きな彼女のことを少しでも知ることができたら、嬉しいものだ。
「そういう蓮也くんだって、声をあげて笑うことなんてそう多くないでしょう」
「そうか?」
「そうですよ。新鮮です。もっと笑ってください」
「笑えって言われると難しいよな」
お互いにまだまだ知らないことがあるな、と笑い合ってこれからも知らない顔を見れるということが少しだけ楽しみになった。
夕食後のデザートということで、昼前に作ったプリンを食べることにした。
「さて、蓮也くん。そろそろトリックオアトリート、言ったらどうです?」
「別に言わなきゃいけないわけじゃないだろ……」
「せっかくだから言っときましょうよ」
「後でな」
不満そうに頬を膨らませながら、遥香は蓮也の前にプリンを置いた。遥香はその隣に座って、スプーンでプリンをすくい上げる。
「甘いですね」
「ん、そうだな。でも、しつこいやつじゃないからわりと好き」
「それはよかった。お菓子はあまり作らないので、ちょっと心配になります」
「遥香が作ったらなんでも美味いよ」
「判断基準が低すぎます」
そう言って笑いながらも、遥香はどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
プリンを食べて、食器を洗う。遥香がやろうとしたが、今日はデザートまで作らせてしまったので蓮也の意地でやらせてもらうことにした。
もろもろの家事を二人とも終えて、ソファーに座ってくつろぐ。遥香の場所はまるで定位置のように蓮也の膝の上だ。
「ああ、遥香。トリックオアトリート」
「なっ……今ですか!?」
「持ってる?」
「持ってませんけど……なんか負けたみたいでちょっと悔しいですね。どうぞ、ご自由に」
「ん……えーっと」
いたずら。
これが一体どこまでが許される範囲なのか、そもそもそんな範囲までハロウィンにやることなのか。そんなことを考えてしまうと、なにをすればいいのかがわからなくなってしまった。
「どうしました?」
「なにしたらいいんだ」
「ですから、ご自由に」
「ご自由にって……」
思いの外なにも思いつかないから悩んでいるのだ。今度から遥香に夕飯を聞かれた時はなるべくちゃんとメニューを答えるようにしよう、なんて考えながらそっと遥香にキスをした。
「と、とりあえずこれで」
「……馬鹿」
「ご自由にって言ったのは遥香だろ!?」
「そうじゃなくて……その、これじゃいたずらとかじゃなくて、ただのご褒美……です」
「……ああ、もう」
あまりにも可愛らしいことを言う遥香にいたずらやハロウィンなんてことはどうでもよくなって、蓮也はもう一度遥香にキスをした。
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