SS8.星に願いを

 買い物に二人で出かけることも多くなったが、ご近所の視線は未だに少しやりづらいものを感じる。特別なことはしていないとは思うが、周囲には蓮也たちは面白く見えるらしい。

 そんなことはお構い無しに、遥香は食材を買い物かごに放り込んでいく。


「あ、なるほど。今日は七夕でしたか」

「ん……ああ、そういやそうか」

「今回は私も忘れていたので言えませんが、本当にその辺は無頓着ですよね」

「願い事がなくてよかった」


 短冊に書く願いもなければ、生憎の天候で星を見ることもできない。七夕としてやることはそれほどない。

 会計を済ませて鞄に買ったものを詰める。最近、一つのバッグに詰め込めば遥香に持たせる必要がないという当たり前のことに気づいたので、なるべく一つに収まるようにする。


「私の願い事は、蓮也くんがもう少し私を信頼してくれることですかね」

「これ以上ないくらいに信頼してるが」

「どうでしょうかね。今だって荷物も持たせてくれません」

「それとこれとは話が違う」

「持ちたいです」

「駄目」

「うーん……あ、そうです。私が蓮也くんに無理やり持たせてるように見えるじゃないですか」

「この辺じゃ俺たちの関係を知らない人いないぞ」

「そんなこと……あるかもしれませんね。時偶、周囲の視線がとても痛いです」


 最近になってようやく蓮也はその視線が嫌なものではなくなったが、それでも慣れることはない。おそらく周囲の認識が変わることもないので、しばらくはこのまま過ごすことになるのだろうが。

 そもそも、蓮也と遥香の交際が始まってから二年半になる。確かにいつまでも遥香への熱は冷めないが、そろそろ周囲は興味を失ってくれてもいい頃合いではあると思う。


「まあ、どうにもならないことを願っても仕方ありません」

「そういうものを願う日だろ」

「それより、もっと現実的なことを願った方がいいですから。たとえば、そうですね。蓮也くんがもっと積極的になりますように、とか。私がもう少し綺麗になれますようにとか」

「俺の理性を崩壊させるつもりか?」

「それはそれで楽しそうです」


 以前蓮也の理性を放棄させてから、遥香は少し落ち着いていた。それでもそういう欲はお互いになくなったわけではないし、むしろ一度してしまったから余計に強まった気がしないでもない。


「まあ、今はそれは置いていてあげますよ」

「そうしてくれると助かる」


 なんだかんだで、遥香は関係を壊さないことを一番に考えているような気がする。もちろん蓮也もそうなのだが、お互いに本人ですら気づかないような気遣いをしている気がするのだ。


「家に紙がありましたよね。短冊だけでも書きますか」

「まあ、そうだな」


 こういうイベントに肖ってみるのも悪くはないと思う。

 そうやってなんでもない話をしていると、いつの間にか部屋に着いていた。


「にしても、曇っているのが悲しいですね。せっかくなら織姫と彦星が会えていたらいいのですが」

「それはまあ、大丈夫だろ。多分だけど」

「蓮也くんがそういうなら、なんとなくそんな気がします」


 でも、遥香が会えていないと言ったら蓮也は会えていないことにするだろう。お互いの言葉に流されすぎている。少しだけ、この距離感が面白いとも思える。


「まあでも、ちゃんと仕事しなかったのも悪い」

「うぅ……」

「ん?」

「家事を放り出して彼氏のアルバイトの様子を見に行ってごめんなさい……」

「……確かに」


 それでも遥香は完璧に家事をこなしているので全く問題はないのだが、仕事は放棄している。


「私、蓮也くんがちゃんと就職した後がすごく心配です」

「俺も急に心配になった」


 遥香も駄目になっていると言っていたが、本当にその通りかもしれない。


「ま、まあその話はいいでしょう。どうにかできるようにします」

「というかどうにかしてくれないと困る」

「あまり茶化さないでください。ほら、短冊書きますよ」

「はいはい」


 願い事はなんだかんだで迷ったが、やはりこれというものはなかった。それよりもずっと大切なものがあったから。


「書けました?」

「おう」

「では、そうですね。観葉植物の葉にでも吊るしておきます」

「扱いが雑だな」

「叶うので大丈夫です」


 葉に吊るされた二枚の紙には『二人が幸せに暮らせますように』という願い事が綴られていた。

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