第37話 本日はお散歩日和なり

「なあ萌笑。散歩しようぜ」


窓から外を見ながらそんなことを言う。


「いいけど。……どうしたの?柊斗君ってそんなにアウトドア派だったっけ」

「別にアウトドアじゃなくても散歩はするでしょ。まあそれは置いといて、さ。ちょっと外見てよ」


カーテンを少し持ち上げて萌笑に外を見せる。とてとてと駆け寄ってきた萌笑が折れに抱き着きながら外を見る。


「………今抱き着く必要あった?」

「幸せじゃん」

「確かに」

「じゃあいいじゃん」

「………確かに」


釈然としないながらも話を元に戻す。


「で、どうよ。すっげえ外で歩きたくならない?」


夕日がいい感じに街を照らしている。今だったらあんまり暑くなさそうだし、木々を揺らす風が少し心地よさそうだった。


窓を開けると少し強めの風が入り込んできて萌笑の髪をたなびかせる。


「……そうかな?あんまりよくわからないなあ。外に出たいっていうのは……」

「そうか。…………夏休み始まる前はこういう時一緒に下校してたからちょっと出歩きたくなt「行きます。準備するからちょっと待って」


何故か俺の言葉を遮りながら「だっっ」とリビングのほうに駆け出す。


準備する物なんてあんまりないような気がするんだけどなあ。どうしたんだろう。そんなことを考えながら俺は玄関の近くにかけてあるオフショルダーバックを肩にかける。


「……お待たせ!」


後ろから声をかけられて振り向く。


「別に待ってなんて……………」


萌笑はワンピースと麦わら帽子をして立っていた。

いかにも夏女子といった感じがしてかわいい。やっぱり萌笑は元気に見える格好が一番似合う。落ち着いた格好も好きなんだけど。


「めちゃくちゃ似合ってる。かわいい」

「えへへ……ありがと」


少し頬を赤らめた萌笑が小さくはにかむ。


「これ見せたいって思ってたの。だからちょうどいいかなって」

「そうか。似合ってるよ。ほんとに」

「……やった」


萌笑が小さく拳を握る。

そういう小さい動作とか全部がかわいく見えるから困る。無性に抱きしめたくなって手を伸ばした。


萌笑も抱きしめ返してくる。

いつも通りやわらかい感触が心地いい。


「じゃ、いこっか」

「そうだな。出発しよう」


ドアを開けるとさっきよりも少し赤みを増した夕焼けが見えた。

俺は結構夕方のこういう景色が好きみたいだ。刻一刻と変わっていく空の色に心が躍る。


「きれーだね」

「ああ……そうだな」


本当に綺麗だった。隣に萌笑がいるってことが一番大きいかもしれないが。


いつの間にかつながれていた右手を握りなおして歩き出す。


何も考えないで。


「こうやって二人で歩くのって楽しいよね」

「そうだな。なんか安心する」

「確かに。柊斗君といるだけで………なんか胸があったかくなる」

「そうか。よかった」


少し緩ませた萌笑の頬を左手で優しくなぜる。


「俺も萌笑といるだけで楽しいし、………なんていうんだろうな。凄い安心するんだけどな。俺の語彙力が追いついてこないな」


困って頭をかく。


「なんか、こう。しっくりくるよね」


ああ、それだ。

萌笑と一緒に居るのが一番しっくりくる。

二人でいられるのがこの上ない幸せだって感じられる。萌笑と一緒に居るだけで小躍りしてた心臓も、所々ではじける萌笑の笑顔も。

そういうのが一番幸せなんだなって。


家族といるのと近いような、それでもってそれ以上の幸福感だった。


「柊斗君。大好きだよ」

「おう」


こうやって面と向かってちゃんと言われるときは、たいてい萌笑が恥ずかしくて顔を赤くしていた。


だからだろうか。自然体で、はにかみながら告げられたその言葉に思っていた以上に心臓が悲鳴を上げる。


「俺もだ」

「俺も、何?」


今日は萌笑が思ったよりもぐいぐいくるな。

俺の心臓がいつもよりも過剰に仕事をしている。


「俺も、大好きだ」

「えへへ……ありがと」

「こちらこそ、だな」


夕日の色に深い青が混ざり始めた。

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