第22話
何かが破裂した音とともに生暖かい液体が顔にピシャリッとかかった。
「やっ・・・。」
なんだろうと思い、顔に手を当て液体を拭う。
ぬるっとした液体が手についた。
「・・・血ね。」
アクアさんが小さく呟いた。
私も手を見ると、赤黒い液体が手についていた。
プーちゃんの血液だろうか。
やっぱり、プーちゃんは邪竜に負けてしまったのだろうか。
だんだんと目の前にある手がぼやけてくる。
「泣かないでエメロードちゃん。大丈夫だよ。プーちゃんは生きているから。」
どうやら私は気づかないうちに泣いていたようだ。
アクアさんが優しく肩を抱いて慰めてくれるのがわかって、顔を上げた。
「ほら、見てごらん。プーちゃんがこっちに戻ってくるよ。死んだのは邪竜よ。」
「えっ?」
アクアさんが指し示す方向を濡れた瞳で見つめれば、わずかにプーちゃんらしき白く細長い影が見えた。
それは、少しずつこちらに近づいてくる。
「・・・すごいな。」
「あたりまえじゃ。」
「え?」
メリードット先生がポツリと溢した言葉に、いち早く反応したのは精霊王だった。
どうやら邪竜が倒されたことで戻ってきたらしい。
アクアさんの肩にちょこんと座っていた。
アクアさんと精霊王。並んでみるとぱっつんとした前髪が印象的で姉妹にも見えそうだ。
「我が母よ。見たか?邪竜など一瞬で倒せるのだ。ほめてくれ。」
「えっ。あ、ああ。プーちゃんすごいね。邪竜を一瞬で倒してしまうだなんて。」
プーちゃんは頭を撫でて欲しそうに、こちらに頭を近づけてくる。
正直爬虫類は触りたくないのだが、邪竜を倒してくれたんだし・・・。と、思い切ってプーちゃんの頭を撫でてみた。
するとプーちゃんは気持ちがいいのか、目を細めて手のひらにもっとと頭を摺り寄せてきた。
見た目気持ち悪いけど、ちょっと可愛いかも。
「さてと、あそこで寝ている者たちあのままでいいのかえ?」
「あっ!そうだった。」
精霊王に言われてトリードット先生とジェリードット先生のことを思い出した。
未だに倒れているトリードット先生とジェリードット先生。
二人は無事なのだろうか。
私たちは慌てて二人のもとにかけよった。
幸い生きているようで呼吸はしていた。
ただ、身体の状態がよくわからない。
ジェリードット先生の意識があれば、すぐにでも身体の状態がわかるのに。
「ほぉ。妾が見るところによると二人とも危険な状態じゃ。内臓が損傷しておるのぉ。早う治療した方がよいぞ。」
治癒魔法を使える人は限られているし、どうしようかと思っていると精霊王が二人の状態をいち早く診てくれたようだ。
しかし、内臓が損傷しているとなると治癒魔法が使える人でないと治せない。
しかも内臓損傷は高度な魔法なので使える人がほぼいない。
この王都ではジェリードット先生と王宮お抱えの治癒術師のみだ。
「・・・先生。」
「なにを泣きそうな顔をしておるのだ?すぐに治せばいいではないか。」
この状態の先生たちを王宮に連れていくのは難しいので王宮お抱えの治癒術師を連れてきた方が最良だろう。
しかし、王宮まで言って帰ってくるとなるとどんなに急いでも半日はかかる。
どうしたものかと悩んでいると、プーちゃんが軽くそう言ってきた。
「治せばいいって言うけどね、内臓の損傷を治せるほどの治癒魔法を使える人がここにはいないのよ。」
プーちゃんは簡単に治せばいいというけれども、治せるのあれば治している。
治せるだけの治癒魔法を使える人がいないから困っているのだ。
「ふむ。精霊王よ、治してやれぬか?」
プーちゃんが精霊王に言うと、精霊王は嫌そうに眉を寄せた。
「あっちの瀕死の状態の女は妾の力では無理じゃ。それになぜ妾が人間を治療せねばならぬのじゃ。あの人間が死んだとしてもそれは運命なのじゃ。妾が力を貸す道理はないのぉ。」
そう言って精霊王は目をスイッと細めた。
プーちゃんはやれやれと言ったように首を横に軽く振ると私の方に向き直った。
「精霊王が治せぬというのでな、我が治そうと思うが良いか?」
「え、ええ。先生方を治していただけるのであれば是非お願いします。」
精霊王が治せない傷をプーちゃんが治せる。
それはすなわち精霊王よりもプーちゃんは強い存在ということなわけで。
竜という存在はそれだけで他の精霊とは圧倒的に異なる存在だということを知った。
というか、いくら王宮の治癒術師であれども、瀕死の状態の人間を治癒させることは難しいだろう。
というより、聞いたことがない。
「お主、よいのかえ?プーちゃんに治癒を任せてしまって?妾は断った方がいいと思うがの。」
精霊王はプーちゃんに聞こえないように私に耳打ちしてくる。
でも、トリードット先生とジェリードット先生を助けるためにはプーちゃんにお願いするしかないのだ。
特にジェリードット先生は瀕死の状態で一刻を争う。
仮に王宮の治癒術師を連れてきたとしても間に合わないだろう。それに、瀕死の状態の人間を治癒することは難しいだろう。
そうすると、プーちゃんに頼るしかないのだ。
「先生方を助けるためにはそうするしかありません。」
「そうかのぉ。自然の理を壊すような治癒はすべきではないと妾は思うがのぉ。」
そう言って精霊王はどこからか取り出してきた扇で口元を優雅に隠してしまった。
もうこれ以上話すことはないとでも言いたいのだろうか。
精霊王の哀れな者を見るような目が印象に残った。
「ん・・・。」
「うぅ・・・。」
精霊王と話しているうちにプーちゃんが先生方を治してくれたのか、今まで反応のなかった先生方からうめき声があがった。
「ジェリードット先生っ!トリードット先生っ!」
私は急いで先生方の元に駆け寄る。
そこにはすでにアクアさんとメリードット先生の姿もあった。
起き上がったジェリードット先生とトリードット先生の身体は完全なまでに治癒されていた。
どこにも怪我をした形跡は見当たらない。
プーちゃんは一瞬で瀕死の人間を治癒してしまったのだ。
まさに伝説にある聖竜と同じ奇跡を起こしたのだ。
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