第17話 キレまくる先生

5月24日(木)、4時間目。


ノリのクラスはこのコマに体育の授業がある。

少し暑いが、爽やかな気候だ。雲一つない晴天。外で体を動かすにはもってこいの気温。


今日は1年生の体育担当の能勢迅太先生が出張で不在のため、2年生担当の小田正信先生が代わりに担当することになった。


「えー、今日は100m走のタイムを計ります!12歳男子の平均タイムは15.9~18.3秒、女子は16.5~18.9秒や。せめて平均は超えんと恥ずかしいで。しっかりやれよ!頼むで!」


(いきなり高圧的だなあ。関西弁だからかもしれないけど。なんだこの先生は)


ノリは小田先生の態度に早速疑問を抱いていた。


「ほな、準備体操から始めます!ちゃちゃっと広がってください。ちゃちゃっと」


一同は準備体操を始めた。


「1、2、3、4!はい!」


小田先生の大声がグラウンド中、いや、町中に響き渡る。


「ごーろーくしーちはーち」


「声がちっゃぁあああああいい!やり直しじゃこらああ!」


小田先生はいきなりキレた。キレてキレてキレまくり、生徒を制圧したいタイプの教師らしい。

さらに体操は続く。


「こらああああ!ちゃんと手ぇ伸ばさんかい!見とって気ぃ悪いんじゃ!」


せっかくの爽やかな気候なのに、この人の怒号で台無しだ。


(見ていて気が悪いっていうのを理由にするのはどうかと思うな。)


ノリはさらに疑問を深めた。準備体操というのは自分の運動のパフォーマンスを高めるため、そしてけがを防ぐためもものであるはずだ。

そういう説明をすれば生徒も納得するのだろうが…。空気は次第に凍り付き、どんよりとした雰囲気になってしまった。


タイムの測定の時刻がやってきた。生徒が出席番号順に走り出す。あれだけ罵倒されては、本来のパフォーマンスを発揮できない。


「何で前よりタイム落ちてんねん!どういうつもりやお前!しかも平均以下やないか!」


理不尽だ。しかも走者は吹奏楽部の女の子。普段運動をしていないのに、そんなに早く走れるわけがない。


先週の授業、つまり自己肯定感のディスカッションの直前のコマでは、1年2組の副担任で女子生徒に大人気のイケメン能勢先生がうまい具合に生徒の力を引き出してくれた。能勢先生は優しいが熱血でフレンドリーで、基本的に生徒のことをニックネームで呼ぶ。生徒にも慕われており、理想の先生だ。


全員のタイムを計測した後、能勢先生はこんなことを言い出した。


「はいみなさん、100mのライン上に一列に並んでください。それで大声で走っているクラスメートを応援してあげようぜ。もちろん俺も全力でサポートする。応援されると早くなるよ。なんでもいいよ。『いけめええええん』とか『かわいいいいいいいい』でもいい。クラス40人みんなで100mを走るんだ。個人競技じゃないんだ。さあ、やってみるぞ」


100mのライン上に、生徒が1列に並ぶ。異様な光景だが、効果のほどはいかがだろう。


一番最初に走ったのは林みなみ。光二たちと仲良くなったとはいえ、かなり大人しい性格で、人から褒められることにはあまり慣れていないようだ。


「位置について、用意!(ピーッ)」


みなみが走り出した。


「みなみ!行け!みんな君の味方だ!」


能勢先生が率先して声を出す。


「みなみちゃーんファイト!」


「可愛いよみなみちゃん!」


「走る姿もBeautiful」


若干ボディビル選手権のような、陸上競技とは関係ない声も響いた。無事にみなみは完走。


「みなみ、タイム伸びてたぞ!すごいじゃん!」


「もう、恥ずかしいです、みんな関係ないことまで叫んでて」


みなみは顔を真っ赤にしながら顔を両手で押さえ、その場にしゃがみ込んでしまった。しかしすぐに立ち上がり、達成感にあふれた笑顔で列に戻った。

他の生徒のタイムも伸び、授業は最高の雰囲気の中進んだ。


こんなことがあったわずか7日後の授業だったので、小田先生のやり方による空気の凍り付き方は異常だった。とにかくキレて、恐怖を原動力に生徒を動かそうとしている。そんなやり方では力はつかない。はっきり言って小田先生はダメ教師だ。恐らく、かつて自分もそのように指導されてきて、全く疑問を持たないままそれが絶対的に正しいを思いこんでいたんだろう。ノリは、彼のことがある意味可哀想にすら思えてきた。誰かいい人に出会って彼の考えが変わればいいんだが。


ノリがそんなことを考えている間にも、相変わらず小田先生の大声が響き渡る。


「こら!真面目に走れ!ええ加減にせえよ!」


ノリはあの男を除かねばならない気がした。


「なあ光二、メロスって多分こんな気持ちだったんだろうな」


ノリはこれまでいろんな考えを共有してきた親友の光二に言った。


「ああ、あいつは暴君ディオニスだよ」


光二は今まで見せたことのないような暗い表情でボソッとつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る