第20話 ゆみちゃん、それ勝ってないよ

 病院の一室で、私はりんごを剥いていた。

 誰の為に? そう、“ドアノッカー”との戦いによって片腕を負傷した佐々木サクラの為だ。


「先輩はすっかり元気になってしまいましたね……まさか私のほうが入院する羽目になるとは。うかつでした」

「腕にヒビ入ってるんだから大人しくしておきなよ……?」


 私はお兄ちゃんを看病する為に今回の作戦を仕掛けたんだぞ。めちゃくちゃだよ、何もかもめちゃくちゃだよ。土壇場で邪視眼鏡は使えないわ、お兄ちゃんの家に戻ったらお兄ちゃんが元気になってるわ、お兄ちゃんが元気になったら眼鏡が壊れていて修理の名目でパパに没収されるわ。あまりにひどい。私が何をした。


「ゆみちゃん、私を助けてくれてありがとう……。思えば貴方に借りを作りっぱなしでしたね」

「い、いいよぉ別に……」


 やったことと言えばこの女と警察相手に口裏を合わせただけだ。これであの“ドアノッカー”はしばらく警察のお世話になること間違いなし、私の平穏な生活は保たれた。犠牲になったのは自転車くらいのものだ。


「今回は、二人揃って先輩に迷惑をかけてしまいましたね」

「そ、そうね。まったくもう。変なことに巻き込まれちゃった……」

「あら、そういえば先輩はどちらにいらっしゃるんですか?」

「今日は一人ですぅ~残念でした~」


 佐々木サクラはそれを聞いて目を丸くする。

 

「……わざわざ来てくださったんですね」

「はい、剥けたよリンゴ」


 彼女はそれ以上何も聞かずにリンゴを食べ始める。それを飲み込んでから、何か思いつめたような顔でポツリとつぶやく。


「ゆみちゃん」

「なに?」

「ここまで来たら正直に話しましょう。“ドアノッカー”は先輩に付きまとうヤバい女の中でも最弱の存在……まだ脅威は続いています」

「マ?」

「マジです。私も風邪さえ引いていなければ不覚はとらずに済んだのですが……貴方が来てくれなければ正直危なかったかも知れません」

「私、この町が怖いよ。世紀末じゃん」

「先輩を付け狙うヤバい女が、先輩の妹であるゆみちゃんを狙うことも十分ありえる訳です」

「はい、身にしみました」


 お姉ちゃんは無事な方の手で私の手を取ると、顔を近づける。怖い。


「貴方は私が」

「守らなくていいよ」

「実質、家族みたいな」

「ものじゃないよねえ?」

「良い雰囲気になったら有耶無耶で」

「罪状は消えないからねサクラさん?」


 病室に嫌な緊張感が走る。お姉ちゃんは深くため息をつく。


「まだ、姉と認めてもらえていないようですね」

「ふふ……あなたは私のライバルだからね」

「ライバルですか? なんの?」

「お兄ちゃんを巡る恋の……」

「あら、本当の本当に?」

「四親等だもん!」 


 お姉ちゃんはニコッと笑う。


「あらあら、そうですか。ふふっ、可愛いけれどおっかないですね。負けませんよ」

「馬鹿にしてる?」

「いえ、私が最後に勝利すべき敵は貴方ということです。邪魔な有象無象を全て倒した上で……雌雄を決するとしましょう」

「勝たなくていいもん」

「えっ」

「私、二番目でいいもん」

「こわっ……正気になってゆみちゃん」


 あっ、勝った。

 なんかさっきまでの余裕のある感じが一気になくなった。


「パパには内緒だよ?」

「ひぇえ……」


 こりゃあ完全勝利ね!


     *


 帰ってきた後も、私は機嫌が良かった。

 もうそろそろ邪視眼鏡も直っているだろうし、再びあの作戦を決行に移す時だ。


「ゆみちゃん、機嫌が良いね?」

「勝ってきたから」

「あっ、そう?」


 パパは興味なさげだ。

 まあ私が勝つのをあまり喜んでなかったもんね。

 良いわ! 良いわ! かまわないわ!

 だって私は勝ってるんだから!


「ところでゆみちゃん」

「なに?」

「あの邪視眼鏡、ちょっと欠陥見つかったから使うの無しにして」

「えぇ?」

「物理的破壊力が発生するのまでは想定していたんだけど、限定的な空間操作とか因果律改変とかはちょっと想定外で……あと単純にお兄ちゃんに使うのは思ったよりも危ないからね」

「お兄ちゃんにはちゃんと加減したわよ!?」


 何が危ないと言うんだ。私が適度によしよしできる範囲にしていた筈だ。


「んー、加減しててよかった。いやまあ眼鏡がダメージ引き受けて」

「うん」

「邪視って普通はカウンターされると使い手が死ぬんだよね。全力でやってたらお兄ちゃんからのカウンターで君死んでたかも」

「死っ」


 まさか。

 この人は。

 娘に死のリスクを!?


「なによそれぇ!?」

「いや、想定外だったな。まさかサトル君がここまで強いとは思わなかった」

「死ってなによパパ!? 馬鹿じゃないの!? 何使わせてるの!?」

「いやほら、生身で邪視を使うと自分の眼球を使って呪わなきゃダメだろう?」

「何言ってるの!? そういう話じゃないよね!?」

「だからそのリスクを眼鏡に代替させようと思ったんだけど、上手く行っているみたいで良かったよ」

「もうそんな馬鹿みたいな道具二度と出さないで頂戴!」

「安全第一で作ったのに……」


 パパはしょんぼりとしてうなだれている。

 ちょっと可哀想だが騙されてはいけない。

 何せ私は死にかけた……死にかけたんだ!


「と、ともかく! 禁止! こんなふざけたもの二度と使わせないで頂戴!」

「分かったよ……」


 危なかった。

 完全に大勝利したと思ったのに……こんなろくでもない理由で死にかけるなんて。

 たとえ勝ったとしても死んだら意味が無いじゃない!

 死? そうか……死。


「ねえパパ」

「なに?」

「すっっごい良いこと思いついちゃったの! 新しく作ってみて欲しい道具があるんだけど!」


 自分の才能が怖い……。

 完全なる勝利を手にしてしまったわね。

 私はこんな小さな勝利では満足しない……。


「次は勝ち確定ねっ!」

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