第38話 帰国

 その後。俺は病院にいてNSIAという組織の実態と、マクシミリアンの顛末について聞くことになった。マクシミリアンという男はかつて神童と呼ばれた脳科学者だったけど、何の因果か宇宙科学に取り付かれて以降その研究ばかりに没頭するようになった。そんな彼が違法な実験を行い学会を追放されたのはそう遠くない未来だったらしい。以降は外野の研究者として活動してきた。でも、それはオカルトスレスレでとてもじゃないけど科学と呼べるようなものじゃなかったらしい。臨床実験を行う際に、足がつかないよう積極的に外国の人間を利用していたんだ。ゾッとした。米国人の場合も犯罪者や身分証を持たない一部の層に集中していたらしい。これじゃあ誘拐と変わりなかった。マクシミリアンは今も事情聴取の最中らしいけど、犠牲者になった人間のことを考えると厳罰を科される可能性は高い。二度と塀の外に出てこられない可能性もあった。彼に研究資金を援助していた組織の捜索が始まっているという。


 俺は簡単な事情聴取だけ済ませて解放された。本当だったら何日も拘束されるのかも知れないけど、ブライアンがうまく立ち回ってくれたみたいだ。

 結局、サラもダニエルもジェイコブも見つからなかった。


 数日語、帰国前日に、俺はブライアンに連れられてある場所にやって来た。

 その日は生憎の大雨だった。細かい雨粒がエルキンズの森を濃霧のように演出していた。


「ここが、チャールズロペス邸の跡地だ」と、ブライアン。俺は目の前の光景に嘆息する。

「本当に……何もかも燃えちゃったんだ」

「……君は確か、事前に屋敷に立ち寄ってるんだよな?」

「ああ、だけど本当に話しただけなんだよ」


 俺がチャールズロペスと面識が会ったことを今までブライアンは知らなかった。病院にいるときに話して伝えたんだ。


「中も見て行くか?」

「え?」


 俺は怖気づいて尻込みする。ブライアンは笑いかけてきた。


「ここまで来て、屋敷の外から見て、はいさよならじゃもったいないだろ?」

「だけど……」

「安心しろよ。火災があったときには大勢の人間が出入りしていた。おかしなことなんて何もないさ」


 平気な顔で敷地内に踏み込むブライアン。そうだ。俺はあの不気味だった頃の屋敷しか見てない。だからその第一印象に引き摺られてるのかもしれない。俺も後に続く。


「屋敷は全焼してしまった。後はそこいらに炭が残るばっかりだ」

「……!」


 俺はゾッとして立ち止まる。


「どうした?」と、ブライアン。駆け寄ってくる。俺は足下を指差す。「これ……」


 足下には大きな穴があった。折り重なる焼け焦げた木材に隠れて、外見からはわかり辛くなっている。ブライアンと協力して邪魔なものをどかすと、その穴はいよいよ俺達の前の前に大口を開けて現れた。直系三メートルほどの巨大な穴だった。


「なんだろうな。あの日は色々忙しくこの穴のことなんてわからなかった」


 と、ブライアン。俺はハッとしてあることを思い出す。


「なぁ、ブライアン。ロボットハウスの時に言ってたよな? チャールズロペスのEメールの話。あのときに自殺をしようと思ってたとか?」

「ああ……そうだ、穴の話も?」

「そうだ。あと、引っかかったんだよ。俺が見たチャールズロペスはとてもじゃないけど人生に絶望してるように見えなかった」

「感情を隠すのがうまかったのかもしれない」

「わからない。とにかく、何か引っかかるんだよ」

「何だったら俺が入手したEメールのデータもあるが? 見てみるか?」

「……いや」

「なんだよ。どっちなんだよリュウタ!」

「気になるけどやめておくんだ」

「そんなのってないぜ。なぁ?」

「俺は……」


 俺は心が揺れる。自分の両手のひらを見つめた。それから答える。


「やっぱりやめておく。何か気になることがあったらブライアンが調べてくれよ。特にこの穴なんかはさ、絶対に何かあるに違いないんだから」

「どうしたんだよ?」

「……もういいんだ。何もかも」


 俺はかえって清清しくも感じていた。ここでようやく、俺を取り巻く不安と仲違いできると思ったからだ。彼が本当に長い間の苦悩に悩まされてたって言うんなら、この屋敷と一緒にもう眠ってもいいはずだ。真相もチャールズロペスも。俺にはとてもじゃないけど、ようやく安らかな眠りについた彼の墓を暴く気にはなれなかったんだから。



 * * *



 ついに、帰国に日になった。ブライアンとアイリーンは見送りに来てくれた。


「二人とも、悪いな」

「寂しくなるよ、リュウタ」


 ブライアンと、アイリーンに固く握手を交わす。


「短い間だったけれど、悪くない時間だったわ」

「俺は懲り懲りだけどね」


 と、苦笑するとアイリーンやブライアンも笑ってくれた。


「きっとまた会える、きっとな」


 成田空港行きの便の催促のアナウンスが聞こえる。もう行かないと。


「じゃあ、本当にこれで」

「ああ」

「達者でね」


 俺は二人に見送られて、飛行機に乗り込んだ。不思議な気持ちだった。

 行きはあんなに賑やかで心が震えた船出。帰りは一人ぼっちの空しい帰国だった。

 まるで今までの出来事が全部夢だったかのように。色々あったけれど、今となっちゃ俺の幸せな記憶にひとつに成り果ててしまっていた。そうして俺は、母国、日本の父さんと二人暮らしの我が家へと帰ってきたんだ。

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