第2話 ロボットハウスと宇宙人

「見ろ! ロボットハウスだ!」


 一時間ほど宇宙船が航行すると、奇妙な名前の宇宙ステーションが見えてきた。


「ロボットハウスは我々組織の最もすばらしい財産だ。NSIAが独自に開発した先端技術を用いて作られたものなんだよ!」

「へ……へぇ」


 宇宙ステーションにも国家間開発競争みたいのがあって性能に差があるのか。俺にはよくわからない。俺達はミーティングルームの一箇所に集められた。これからの段取りを説明するためだった。


「リュウタを降ろした後は我々の任務に取り掛かる、我々が地球に帰還するのは日が落ちる頃になりそうだ」

「え? 宇宙ステーションへは俺ひとりなの?」

「我々パイロットはロボットハウスに立ち入ることは禁止されている。大丈夫さ、簡単なつくりだ。迷ったりすることはないし、内部の操作系は管制室が預かってる……というか、前にも説明したはずだが……」


 少し不安になった。けれどダニエルが大丈夫っていうんならそうなんだろう。ここまで来たら彼を信頼するしかないんだ。


「よし、それじゃあ各自持ち場についてくれ、俺はリュウタを見送ってくる」


 俺達は室内着から宇宙空間にも耐えられる分厚い宇宙服を着込む。あの映画でもおなじみのEMUっていう白いやつだ。俺とダニエルは宇宙船から宇宙空間へと出てくる。振り向くと俺達を見守るクルーの姿があった。それからゾッとして鳥肌が立つ。


 無限に広がる大宇宙がそこにはあった。底が見えない海に投げ出されたような感覚。いや、それ以上だった。俺の心は一瞬にして恐怖に支配される。


「リュウタ!」耳元からノイズ交じりのダニエルの声が聞こえる。

 そして、グッと肩をつかまれた。分厚い宇宙服越しにも、肩に触れられた感覚がしっかりと伝わる。振り向く。ダニエルだった。宇宙光線を遮る目的のヘルメットの黒い保護グラス越しに、彼のにこやかな顔があった。


「顔が引きつってるぞ。しっかりしろよ!」

「う……うん」

「なぁに、目と鼻の先だよ!」


 ジェットパックの推進力を使ってロボットハウスへと近づく。手すりに触る。足がつく感覚にホッと胸をなでおろす。直線距離にしてたかだか5、6メートルばかり。それでも、俺にとっては足がすくむ思いだった。けれども安心だ。この窮屈で不格好な宇宙服は俺がどんなに暴れたところで動じない。移動はほとんどが背中に背負うジェットパック頼り。続いてダニエルも足場に到着する。彼が入り口の操作盤を入力すると、プシュっと小気味良い音が聞こえて、機械扉が開いた。俺はロボットハウスへと一歩踏み込む。背後を見ると、ダニエルが宙に浮遊しながら片手を入り口に添えて状態を維持していた。彼が右手の親指を突き立てる。


「残念だがここでお別れだ、君の事は地球からしっかりと見守らせてもらう」「うん」

「短い間だったが君に会えて良かった……グッドラック!」


 満面の笑みだ。俺も静かに微笑み返した。大丈夫。どうにかなるさ。


 まもなく操作盤を使ってダニエルが外側から扉を閉めた。

 完全に閉まりきると、俺は突然床に投げ出された。いや、長らくご無沙汰の感覚だったけど、床に倒れこんだんだ。重力だ。ロボットハウス内に入った途端に重力が発生した。俺が重たい宇宙服に四苦八苦してどうにか立ち上がると、まだ生きていた回線からダニエルの声が聞こえてくる。


「ああ、いい忘れていたが……人工の重力装置だ。もちろんロボットハウス内は無重力なんてことはないから安心してくれ」

「無重力訓練で吐きまくったのは?」責めるようにいうと、ダニエルは快活に笑った。

「念のためだよ! ロボットハウスが大破して宇宙空間に投げ出されらどうする?」


 なんだか体よくいなされたような気がする。


「酸素は供給されている。その場でEMUを脱いでも大丈夫だよ!」


 それだけいうと、今度こそダニエルとの交信は途絶えた。


「あそこ……だよな?」


 目の前にはひとつの扉があった。他に行き場がない。俺は決意を固めてゆっくりと近づき、扉の隣あるレバーをグッと握った。近未来的な扉はプシューっと空気を放出して一瞬にしてガラス扉が持ち上がった。一歩踏み込む。そこはまさしく未知の領域だった。視界がパッと開けた。そこには、日本風の畳の間があったんだ。


 テレビ台と、カセットデッキがあって、掛け軸と、手狭なキッチンもあった。窓の外に見渡せる宇宙空間が、この状況のシュールさに拍車をかけている。そしてそこには、まさしく絵に書いたようなエイリアンの姿の宇宙人がちゃぶ台のそばにしゃがみこんで湯飲みを啜っていた。目がない。もしくはよそ見でもしているというのか。俺は息を呑む。最後にジェイコブと交わした言葉を思い出す。


『彼の名前は小野田獣座衛門というんだ』


 俺は少し驚いた。少し変わってるけど、どう考えても名前の響きは日本名だった。


『今更になって申し訳ないが、君がオペレーターに選ばれたそもそもの理由のひとつには、彼が日本に潜伏していたという事情が大きなファクターになっている。彼は日本語をマスターしているよ。英語よりもね。まずはそのことについて聞いてみると良いかも。けれど無理はしないでくれよ。何度もいうが彼は繊細なジェントルマンなんだ』


 俺はEMUのヘルメット部分に手をかけた。宇宙人をじっと見据える。


 この宇宙ステーションロボットハウスの住人、宇宙人小野田獣座衛門との奇妙な共同生活がはじまろうとしていた。しかしその時になって、俺は自分が宇宙に来ることになったそもそもの経緯を改めて思い出していたんだ。

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