070. 小悪党と小悪党

「へ、へへ……。姉御も人が悪い。強いならそう言ってくださいよ。へへへ……」


 ソッコーで舎弟と化したレナ。足を組んでベッドに座るレヴィアに対し、もみ手をしながらぺこぺこしている。

 

「ったく、弱いのにイキがってんじゃねーぞ。冒険者か盗賊か知らねーけど」

「いえいえ、実は私、ただの町娘でして。舐められない為にこんなナリをしてるだけで。ほら、この傷もこの通り」


 ぺりっと顔の刀傷をはがすレナ。偽物だったらしい。そのアイテムを見たレヴィアは「ちょっと欲しいな」と思いつつも彼女に命じる。


「とりあえずテメーは俺の下僕な。俺が黒といえば黒、白と言えば白だ。いいな?」

「へ、へいっ!」

「でよぉ。聞きたいんだけど、この国の遺跡とか遺物について知らねぇ? 王家が持ってるのも含めて」


 ただの町娘が知ってる可能性は少ないが、一応質問してみる。それを聞いたレナはちょっと驚いた顔をし、次いでげへへと媚びた笑顔を見せた。


「姉御も人が悪い。気づいてたんなら言ってくださいよ」

「ああん?」

「実は私、王都の宝についてはちょっと自信がありまして。なにしろ貴族の館にまで忍び込んだことがありますから」

「は? テメーただの町娘って言ってたじゃねーか」

「いやいや、実はですね……」


 どうやらレナは泥棒だったらしい。それも貴族や豪商といった大物狙いの。


 で、彼女もレヴィア同様わざと捕まったクチで、ロムルスの宝を盗もうと画策しているのだとか。


「なにしろロムルスといえばその力を活かして多数の遺跡にアタックしてますからね。踏破した遺跡の遺物やらお宝やらをもってるって情報があるんですよぉ」

「へぇ……」

 

 レヴィアは目を細める。どんな遺物かまでは分からなかったが、とにかく遺物はあるのだ。もしかしたら地球へ転移できるものもあるかもしれない。


「分かった。それは後でまとめて頂くとして……もう一つ聞きたいんだけど、イレーヌとステラって女を知らない?」

「イレーヌとステラ……。ああ、知ってますよ。田舎もんの女とエロそうな人妻っすね」


 運がいいことに二人の事も知っているらしい。既にシメたらしく、レナを頂点とするグループの一人なのだとか。レヴィアは案内するよう求め、二人して部屋を出た。因みにステラとはヘンリーの妻の名だ。


 そうして歩く中、多数の女とすれ違う。皆容姿はそれなりに整っている。能力以外に容姿も基準にしているのだろうか。仮にレヴィアが集めるなら美人しか集めないが。

 

 さらにメイドたちの姿もあり、洗濯物を運んだり掃除したりと非常に忙しそうだ。千人分の世話をしているので当然といえば当然だろう。また、階段付近には数人の兵士が見張っている。レナが言うには、同じ階の移動は自由。しかし階段を下りての移動は禁じられているとの事。恐らくは逃亡防止のためだろう。


「あっ、レナさん」


 そんな風にレヴィアが考察していると、レナの手下らしい女が声をかけてきた。


「よおサリー」

「こんにちはレナさん。その人は?」

「ああ、紹介するぜ。こちらのお方は――」


「あ、あの……レヴィア・グランと申します……」


 レナが振り向くと、再び控えめ演技をするレヴィアがいた。その姿を見たレナは「あ、姉御……?」と不思議そうな顔をする。


「ふーん。なんか暗そう。なーに? 聞こえないんだけど?」

「す、すみません……。あ、あの、その……」

「だから聞こえねーよ。いままでは男にチヤホヤされてきたんだろうけどさぁ、女の園のここでは……」


 先ほどのレナ同様マウントを取り始める女。それを見たレナは焦った様子になりながらも言う。

 

「ば、馬鹿! おいサリー!」

「え? 何ですか?」

「やめろって! この方はなああああああ!!」

「!?」


 止めようとしたレナが絶叫を上げた。いきなりの大声に女はビクリとする。レヴィアが足を踏みグリグリしたのだ。


 さらにレヴィアはレナを物陰へと引っ張り込み、コソコソと内緒話を始める。

 

「言い忘れてた。外では今まで通りテメーがナンバーワンな。俺は下っ端のフリをするから」

「え? な、何故?」

「ここでの俺は控えめな文学少女だ。ロムルスの好みに合わせんといかんからな。かといって舐められっぱなしはムカツクからその辺は何とかしてくれ」


 ちょっぴり無茶ぶりをするレヴィア。彼女の言葉にレナは意味が分からないという顔をしつつも「わ、わかりました」と了承。サリーの元へと戻る。

 

「え、えーと……。サリー、実はこいつ私の恩人でな。あんまりイジメないでやってくれ」

「恩人? レナさんのですか? 恩って一体どんな?」

「そ、そのだな…………ほ、本屋でオススメの本を紹介してくれたんだよ。それが面白くてだな……」


 へったくそな言い訳をするレナ。レヴィアはしぶい顔をした。しかし相手は不審げな顔をしながらも「レナさんがそう言うなら……」と返事。

 

 女と別れ、再び歩く。しばらく進み、人通りが少なったところでレナがこそこそと質問してくる。

 

「あ、あの、何で姉御は演技続けてるんですか? 潜入に成功したんだからもう演技する意味はないっすよね?」

「おバカ。ロムルスの宝を頂く為に決まっとるだろーが」

「え? 盗む為にですか? 何で?」


 頭にハテナマークを浮かべるレナ。レヴィアは指をフリフリして「チッチッ」と口を鳴らす。

 

「盗みだと限度がある。俺は根こそぎ頂くつもりだ。慰謝料代わりにな」

「慰謝料?」


 レヴィアは己の計画を話す。篭絡して結婚。遺跡や遺物の情報を得た後、冤罪をふっかけて世論を味方にしつつ離婚。慰謝料代わりに遺物と金を頂く計画を。


 それを聞いたレナは思い切り顔を引きつらせ、「あ、悪魔だ……」と恐れおののいた。

 

「そういう訳だから協力しろ。俺が千妃祭のトップになれるようにな。成功すればテメーにもおこぼれをくれてやる」

「わ、分かりやした。ところでイレーヌとステラって女は何故……?」

「ああ、それは別件。実はな……」


 女二人を探す理由を話すと、レナは成程と納得した。「姉御にもいいトコあるんすね」と言われたが、レヴィアとしてはどうでもよかったりする。捕まった二人ではなくリズの為なのだから。加えていいトコみせればロリコン扱いを誤魔化せるかもという思惑もあった。

 

 その理由を話し終えたところで一つの部屋の前に到着。ここにイレーヌとステラがいるらしい。扉をノックをすると「は、はい!」と返事が返ってきたので、二人は部屋の中へと入る。

 

「あっ! レ、レナさん……!」

「あ、あの、レナさん、私たちに何か……」


 栗色の髪の少女と、ウェーブがかかった緑髪に泣きぼくろの色っぽエロい人妻。イレーヌとステラだった。

 

 イレーヌはステラにすがり、ステラは恐れた目をしつつもイレーヌを守ろうと抱きしめている。視線の先はレナ。どうやら彼女を恐れているようだが。

 

 一体何をした。そういう思いでレヴィアがレナの方を見ると……。

 

「いやいや、そんなヒドい事してないっすよ。生意気だったんで皆でハブったり、複数で取り囲んでいてやったりしただけっす」

「うわぁ……」

 

 正に女のイジメであった。いや、女というより学生のイジメか。その行為にレヴィアはドン引き。

 

 彼女とてムカついたらやり返すものの、仲間外れなんてインケンな真似はしない。というかできない。そんな真似をすれば逆に自分の方がハブられる。良識派のリズとネイに。

 

「ま、まあいいや。俺はレヴィア・グラン。テメーらを助けるようエドとヘンリーに頼まれた」

「エドに!?」

「夫に、ですか?」


 目を輝かせるイレーヌ、少し疑うように眉をひそめるステラ。彼女らに対しレヴィアは続ける。

 

「ああ。見た感じ脱出は難しくねーみたいだし、準備含めて明日には出られるだろ」


 身体チェックがあるかと思い道具は置いてきたが、長めのロープさえ調達できれば脱出できる。他には念の為に煙玉を造るくらいか。材料の調達が難しければコショウ玉でもいい。

 

 レヴィアの言を聞いたイレーヌは声を上げて喜んだ。しかし、反対にステラは目を伏せて考え込み、首を振る。

 

「ありがとうございます。ですが、私はここを離れる訳にはいきません」

「へっ? 何で?」

「夫は王家ご用達の商人です。もし逃げたのばバレれば夫に……いえ、夫以外の方にも迷惑がかかるでしょう。だから……」


 もっともな理由だった。しかしその商店は既につぶれかけである。レヴィアがそれを伝えると、ステラはガクンと膝をつく。

 

「そ、そんな……。何で……」

「王家に抗議したらしいよ。そりゃー嫁さん連れていかれたらそうなるよな。で、その結果御用商人を解約されちゃったと」

「ヘンリー……。なんて馬鹿な事を……!」


 さめざめと涙を流すステラ。妻として嬉しくはあるが、一家の経済を支える大黒柱としては失格な行動なので怒ってもいるのだろう。隣のイレーヌがステラを慰めている。

 

 彼女らの姿を眺めつつ、レヴィアは考える。どうやらこの状態で脱出させるのは難しそうだ。よくよく考えれば二人はこの国の臣民なのだ。逃げたのがバレれば間違いなく罰せられる。千人のうちの一人なので誤魔化せそうな気もするが……。

 

「姉御姉御」

「うん?」


 ふと、隣のレナが声をかけてくる。何だろうとそちらを見ると、彼女はぼそぼそとレヴィアに耳打ち。

 

「要はコイツらを守ればいいんすよね? なら姉御に協力させたらどうです? ロムルスが姉御に夢中になればコイツらも安全だし、こっちも助かるってもんです」

「成程。テメー中々いいトコ突くじゃねーか。流石悪党」

「へへへ、姉御には負けますよ」


 その手があったかとばかりに頷くレヴィア。小悪党と小悪党。相性はいい二人だった。まあ片方は“小”じゃすまない事もたびたびやらかすが。

 

「とりあえず作戦を練り直す必要があるな。一度撤退するか。おいテメーら、今日はちょっと冷静じゃないっぽいし、また来るわ。まあ守ってやるつもりじゃあるから安心しろよ」


 そう言って部屋を出た。そして自分たちの部屋に戻りながらも計画を考える。

 

「さて、どうするかね。なあレナ。ロムルスはいつ来るんだ?」

「週に一回は来るんで、明日か明後日には来るんじゃないっすかね? 千人目の嫁を楽しみにしてるっぽいすよ。あと姉御、演技演技」

「おっと」


 既に正体バレしたレナ及び恩を売る予定のイレーヌとステラの前ではいいが、これからは極力演技を続けた方がいいだろう。どこからロムルスに伝わるか分からない。陰口告げ口は女の十八番おハコ。もちろんそれをするのは女だけではないが、噂の伝わり方は確実に男よりも早い。

 

(ロムルスか……。実際どんなヤツなんだか。見てみないことにはわかんねーけど、とりあえず男がガツンと来るような計画を考えねば)


 レヴィアはそう考え、部屋に戻ってレナと打ち合わせを始めるのであった。

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