046. 落ちた先で

 一方、落とし穴に落ちてしまったネイ。

 

「いたたたた……」


 不意をつかれた事で態勢を整える事もままならなかったが、何とか無事であった。

 

 ネイは痛みをこらえながらも立ち上がる。周囲は真っ暗だが、幸い松明は消えておらず、それを拾って周囲を伺う。

 

 上と違い洞窟のような場所だった。壁も地面も舗装されておらず、土のままだ。

 

「上は……ダメだな。登れそうにない」


 落とし穴は閉じられていた。恐らくそういう仕掛けなのだろう。上まで登れれば強引に開ける事も可能かもしれないが、周りの土壁は掴めそうにないし、ジャンプで届く距離でもない。

 

「救助を待つべきだろうが……大分進んでしまったからな。いつ見つけてくれるやら……」


 きょろきょろと辺りをうかがうと、先に続いている道を発見。恐らく落とし穴に落ちた侵入者を回収する為に作られた通路だ。その証拠に付近に死骸などは転がっていない。

 

「とりあえず進んでみるか。自力で脱出できるならそれに越した事はない」


 仲間が来た時の為に、地面に進む方向の矢印を書く。さらに光の反射で発見されやすいよう予備のナイフを置いた後、ネイは歩き出した。

 

 ざくざくと自分の足音が響く。聞こえるのはその足音だけ。魔物がいない証でもあるが、何も起こらない事で逆に不安をあおられる。

 

(ち、ちょっぴり怖いな。幽霊が出てきそうだ……)


 そう考えたネイは後悔した。何もないはずの背後が気になり始め、数歩に一度は振り返ってしまう。

 

「な、何もないよな。ハハ、考えすぎだ……」


 強がるも、頭に思い描いた幽霊の姿が消えない。むしろ昔聞いた怪談を思い出しそうになってしまう。ネイはぶるぶると首を振って考えを振り払おうとした。怪談は得意でも苦手でもないが、流石にこの状況で思い出すのは勘弁してほしい。

 

 

 

 ――ピチャン。

 

 

 

「ひいっ!?」


 ネイは飛び上がるように驚き、松明を周囲に向けて正体を探す。冷たい何かが首筋に触れたのだ。

 

「な、何だ。水滴か」


 天井から少しずつ落ちてくる水滴。それがネイの首に落ちてきたらしい。正体が判明してほっとした彼女は歩みを再開する。

 

 しばらく進むが、周囲は相変わらず暗闇のままだ。光は見えず、壁や床も土のままで何一つ変化は無い。

 

(怖いよぉ。レヴィアぁ、リズぅ。誰か来てー)

 

 ネイはどんどん弱気になっていく。普段のクールな表情も崩れ、今にも泣いてしまいそうだった。

 

(皆と離れるんじゃなかった。……このまま誰も来なかったらどうしよう。ここで寂しく一生を終えるのだろうか。そんなの、そんなの――)


「い、嫌だー! まだ結婚どころかキスすらした事ないのに! 誰かー! 誰か来てー!」


 見苦しく叫ぶ。続けて「誰か私を貰ってくれ!」「最悪顔が良ければいい!」「処女のまま死ぬのはイヤー!」などと普段は絶対言わないような気持ちまで外に出してしまう。

 

「あ、あのぉ……」

「ひいっ!?」


 いきなり背後から声をかけられ、剣を構えるように松明を握りつつ振り返った。

 

「ジ、ジェス殿?」

「は、はい。ネイさんも落とされちゃったんですね」


 ジェスであった。彼は苦笑しながら頬をかいている。どうやら聞かれてしまったようだ。ネイの心が羞恥に染まり、かああーっと顔が赤くなった。誰かに来て欲しいとは願ったが、タイミングが悪すぎる。

 

「あっ、そのっ、ええとっ……ゴホン! ジェス殿、お仲間はどうしたのだ?」

「えっ? あ、ああ、実は途中ではぐれてしまいまして……」


 誤魔化すように咳ばらいをし、きりりと真剣な表情を作って強引に話題を変えた。有難いことにジェスは掘り返そうとはしてこない。彼としてもちょっぴり気まずかったのだろう。これがレヴィアなら大爆笑された上にイジリにイジリられまくっていたところだ。

 

「そうか。それは大変でしたな。しかしどうしてはぐれたので?」

「運悪く魔物に見つかってしまいまして。僕たちでは対処できず逃げたのですが、僕だけが途中で落とし穴に落ちてしまって……」

「うーむ、それはまた……」


 不運であった。周囲を探しながらの一時間なので、合流地点はそこまで遠くなかったはず。その間に魔物に襲われた上に落とし穴に落ちたのは不運と言う他無い。

 

「ネイさんは何故? もしかして牡丹一華の方々でも対処できない魔物が出たのですか?」

「いえ、そうではないのですが……。仲間内でちょっとしたトラブルのようなものが」

「……もしかして勇者様とですか? 昨日から少し揉めているようですが……」


 再び誤魔化そうとしたが、ばっちり察せられてしまった。あのようなトラブルなど恥でしかないので今回もスルーして欲しかったところである。

 

「ま、まあ……。それより先に進みませんか? ここにいても仕方ありませんし」

「……そうですね。ネイさんが来てくれた事で明かりもありますし。進みましょう」


 ネイは話題を先延ばしする事にし、ジェスと共に歩き出した。

 

 無言の時間が続く。ネイは口下手という程ではないが、雑談が得意とはいえない。とりとめのない会話を振るのは苦手だった。共通の話題なら出せるが、さっきの話に戻りそうなので却下。こういう時、リズの質問力やレヴィアのホイホイ出てくる話題の多さが羨ましくなる。

 

(しかし、何も話さないのも気まずいな。何かないか、何かないか……)


 ネイは悩む。過去にした会話を思い出し参考にしようとするも、相手が男なので却下せざるを得ない。となると何を話せばいいか。若い男とはどんな話題を好むのか……。


(うん? 若い男? ……!!)




 若い男と、二人っきり。




 それに気づいたネイはビクリとなり、体を緊張させた。

 

「ネイさん? どうかしましたか?」

「い、いや……」


 隣を見れば子犬系のイケメンがいる。次期領主という将来性は抜群で、性格も悪くない。弱気なのは一般的にマイナスかもしれないが、ネイ自身は気にならない。自分がリードすればいい。

 

(あわわわわ……! どうする? どうするネイ?)


 平静を装いつつも頭の中はぐるぐるである。何とかお近づきになりたいという目的はあるが、何をすればいいか分からない。

 

 そのまましばらく経ち、色々と妄想しながら歩いていると……

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