043. 次は殺す

 レヴィアたち四人は途中途中で部屋を探りながら奥へと向かう。侵入者対策なのか道が徐々に複雑化している。帰り道を覚えておかねば迷ってしまうだろう。

 

「うーん、無いわね。壊れた遺物ばっか」


 リズはきょろきょろしながらぼやいている。同じくネイも辺りを気にしながら口を開く。

 

魔物培養器クレイドルも壊れていればいいのだが……流石にそれは望みすぎだろうな」

「無くはないかもよ? ここまで魔物の姿は無いし、昨日の魔物を作った後壊れたのかも」

「そうだといいんだが……」


 希望を言いつつもネイは机にある紙を拾う。ほこりが舞い上がり、ごほごほと咳をしながらも内容を確かめるが、当然の如く読めない。読めるのは純花だけなので彼女の方を向くと、既に何かを読んでいるようだった。

 

「魔力収束について、機械と生物の融合、生産の効率化……」


 パラパラと紙束をめくる純花。付近にある棚に残っていた資料だった。恐らく帰還の為の遺物についての記載を探しているのだろう。

 

(帰る為の遺物か。そんなものが本当にあるのか?)


 ネイは疑問に思う。

 

 召喚の為の精霊石があったとはいえ、帰還の為の遺物があるとは限らない。あったとしてもどんな形をしているかすら分からない。今の純花のように資料を漁った上で実物を探すという途方もない手間をかける必要がある。ならば多少時間がかかっても他の勇者と共に訓練し、魔王を倒して神に願う方がいいと思うのだが……。

 

(この様子……余程早く帰りたいのだろうな。ううむ、少々怒りすぎただろうか)


 優しさが無く外道な相手ゆえに喧嘩となってしまったが、大人気なかったかもしれない。今の真剣さを見ればどれほど帰りたいのかが伝わってくる。

 

(そういえば母子家庭という話だったな。……母子家庭か。もしかして私が嫌われたのもそれが原因か? 顔だけのロクでもない男に引っかかり、苦労する母親。そいつが死んでようやくマトモな家庭になったが、シングルマザーで大変な目に……)


 そういう過去の出来事があったから男優先に見えた自分を嫌悪したのだろうか? 一瞬そう思うネイだが、すぐさまその可能性を否定。『純花は金持ち』とレヴィアが言っていたからだ。

 

(何にせよ余裕が無いという事か。ううむ、やはりこちらから折れるべきだろうか)


 謝りたくはないのでまずは普通に会話するようにしよう。間違いなく嫌悪されるだろうが、それはおいおい誤解を解いていけばいい。ここは大人の余裕を見せてやろう。そう考えたネイは純花へと近づく。

 

「なあ勇者…………ん?」

「? ――ッ!?」


 何かを踏んづけてしまった。振り返った純花はそれを見た瞬間目を見開き、ネイを突き飛ばす。

 

「痛っ! お、おい、何を……!」


 文句を言おうとすると、純花はひたすら焦った様子で道具袋をあさっていた。ネイが踏んだのは純花の道具袋だったようだ。暗くて足元が良く見えなかった。

 

「あっ! よ、よかった……」


 へなへなと脱力して座り込む純花。彼女の手には手のひらほどの大きさのプレート。片側がガラスようなもので出来ているので、下手したら割れていたかもしれない。

 

 純花はプレートを胸に抱きしめている。よほど大事なもののようだ。

 

「や、す、すまん。決してわざとでは……」


 ネイが謝ろうとしていると純花は立ち上がり、キッとこちらを睨んできた。その眼力に彼女は一歩引いてしまう。殺気すら感じるほどの怒りが感じられたからだ。

 

「もしかして嫌がらせ? すごい陰険な事するね」

「ち、違っ……! 私はただ…………ぐうっ!?」


 片手で首を掴まれ、ものすごい衝撃音と共に壁際に叩きつけられた。そのままギリギリと締めつけられ呼吸すら困難になる。抵抗するも全く振り払えない。

 

「ちょ、純花! 何やってますの!?」

「や、やめなさい!」


 それに気づいたレヴィアとリズが純花を引きはがそうとするが、彼女は意にも介さずネイに殺気を向けてくる。しばらくそのままの状態が続いたものの、純花は一つ舌打ちをしてその手を放した。

 

「ごほっ! ごほっ!」

「ネ、ネイ。大丈夫?」


 ネイは膝をつき、喉を抑えつつき込む。しばらく止まりそうになかった。もう少し続いていれば吐いていたかもしれない。

 

「二度と近づかないで。……次は殺す」


 純花はネイを見下ろしつつ宣言。脅しではなく本気で言っているようだ。その瞳からは計り知れない怒りが感じられる。

 

 手に持ったプレートをポケットにしまい、彼女は再び書類を漁り始めた。流石に問題だと思ったのか、いつもは純花に甘いレヴィアも咎めている……が、聞く耳を持たないようで、完全に無視。

 

「くっ……! 貴様ぁ! 確かに私が悪かったが、ここまでするか! もういい! 望み通り二度と関わらん!!」


 ネイは激高した。殺されかけた事で頭が沸騰したのだ。


 憤怒の表情をしつつ部屋を出る。決裂した二人をみてレヴィアとリズがおろおろとしていたが、ネイの視界には入らない。

 

 部屋を出た彼女は怒りのままにずんずん歩く。後ろからリズの呼ぶ声が聞こえるが、耳を素通り。光から離れた事で周囲が暗くなり始めたので松明たいまつを取り出し、火をつけて光源にする。

 

 暫く歩くと何かの物音がした。それを無視して進むと、奥に魔物の姿を発見。オーガの集団だった。ネイの姿を確認したオーガたちが襲ってくる。

 

「邪魔だッ! どけぇっ!」


 鎧袖一触。オーガはたちまち切り裂かれ物言わぬ屍と化した。

 

 魔物がいたという事はこの先に魔物培養器クレイドルがあるかもしれない。そう考えたネイはどんどん先へと進む。もはや約束は忘却の彼方だ。

 

 その後もしばしば魔物と接敵するが、ネイの敵ではない。昨日のように圧倒的な物量でもない限り、ここにいる魔物では相手にならなかった。

 

 敵を切り伏せつつ先へ進む。それを幾度か繰り返した後、ようやく頭が冷えてくる。立ち止まったネイは額を抑え、ため息を一つ。

 

「いかん。何をやっているんだ私は。怒りのままに行動するなど、騎士どころか冒険者としても最悪だ。戻らねば」


 くるりと振り返り、来た道を戻ろうとする。

 

 

 

 が、次の瞬間いきなり視界が明るくなり――

 

 

 

「え」


 バタンという音が足元から。下を見ると、そこに地面は無く――

 

「う、うわああああ!!」


 そのまま重力に従い、落ちていった。

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